ITmedia NEWS > 社会とIT >

なぜ「ネ申エクセル」は生まれたのか 誕生を目撃した元市役所職員が語る“美しさ”の追求(1/3 ページ)

» 2022年03月31日 10時00分 公開
[井上晃, 山川晶之ITmedia]

 「新しい働き方」が声高に叫ばれる令和の時代――。多くの場面で「効率的な作業」についての議論がされている。機械学習を活用した最新ツールを導入し、自動化できる工程を増やす。そして、人が手作業で行う単純労働を極力減らすことで、限られた集中力を、より生産的でクリエイティブな方に向ける。そんな文脈のなかで、多くのビジネスパーソンは暮らしているはずだ。

 しかし、こうした時代の潮流に真っ向から逆らう非生産的な文化もいまだに存在する。例えば、メールに添付された表計算ソフトのデータを開いた際に、セルのサイズが均一な正方形に整えられ、セル結合を多用し、方眼紙のマス目状となった1セルに対してそれぞれ1文字のみを入力するという形式になっていたら、ギョッとすることだろう。

 表計算ソフトを活用したこうしたファイルは、俗に「神Excel」(ネ申Excel)と呼ばれ、実際に役所で長らく使用されてきた歴史がある。では、なぜこの神Excelが重宝されてきて、現在もなお部分的に残存しているのだろうか。これを理解するためには、神Excelが誕生した背景を知ることが不可欠だ。

方眼紙のマス目状に入力する「Excel方眼紙」の例(引用:広島県呉市役所の給与所得者移動届出書

 フィラメントのCEOである角勝氏は、大阪市役所での公務員経験を持ち、神Excelが使われるようになった現場の様子を間近で見てきた生き証人の一人である。本稿では、どんな要因が神Excelを誕生させるきっかけになったのか、その必要性はどこにあったのか、などの疑問について、同氏への取材をもとにひもといていきたい。

プロフィール:

画像

角勝

株式会社フィラメント CEO。1972年生まれ。前職の公務員経験を経て、2015年より新規事業創出支援のスペシャリストとして、主に大企業において事業開発の適任者の発掘、事業アイデア創発から事業化までを一気通貫でサポートしている。

コピー機が熱で壊れるほどの異常な「紙」の需要

 そもそも「神Excel」とは、“紙”への印刷を前提に整えられたExcelファイルを指す俗語だ。「紙」が「神」や「ネ申」といった文字に置き換わっているのは、タイポ(タイプミス・誤変換)を生かすネットスラングの土壌が影響している。

 文字通り、神Excelが用いられてきた背景には、「紙」への出力を前提とした事情がある。印刷した時の見栄えが最重視されており、データのまま共有したりすることはそもそも想定されていない。

 こうした事情を理解するには、神Excelが生まれる少し前までさかのぼって、役所事情について知らなければならない。当時の役所における紙の使われ方について、角氏は次のように語る。

 「公務員時代には、民生局――いまでいう福祉局に所属して、庶務課庶務係としてさまざまな文書事務経験をしました。庁舎管理として、コピー機やワープロのリースなど、OA機器(オフィスオートメーション機器)の発注なども担当していまして、特にコピー機については尋常じゃない使い方をしていたことを覚えています」

 「当時の大阪市役所では、富士ゼロックスのコピー機を3台くらい導入していました。耐用年数が3年以上ある高価な製品だったのですが、あまりに頻繁に印刷をかけていたので、2年で壊れました。熱で部品が変形してしまうんですね。メーカーからは、保守コストでリースの計算がおかしくなるので、印刷用紙をセットで契約してもらわないと困る、といわれていたくらいでしたよ(笑)」(角氏)

 当然、時代背景が異なる点は理解しておきたい。現在のように各人の手元にあるPCから直接複合機までデータを飛ばしてさっとプリントしていた訳ではない。これはまだワープロ(ワードプロセッサ)の専用機が使われていた頃の話である(※ワープロの最盛期が1980年代、シャープがワープロ専用機の生産終了を発表したのが2002年)。

 「当時は資料をワープロで作っていましたし、内部の決裁だったら紙にボールペンで手書きしているという時代です。ワープロからの出力も感熱紙でした。感熱紙以外にプリントすると、インクリボンが必要になってしまって高額になってしまいます。ですので、感熱紙に出力した用紙をマスターとして、コピー機でそれを複製していました」(角氏)

 「ちなみに当時、ワープロとしては、東芝の『Rupo』、富士通の『OASYS』、NECの『文豪』など、さまざまなシリーズが展開されていましたが、私が公務員時代に自治体で最も導入されていると感じていたのはシャープの『書院』シリーズでしたね」(角氏)

シャープのワードプロセッサ「書院」(引用:シャープ公式Webサイト
       1|2|3 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.