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» 2022年12月07日 13時00分 公開

不祥事を起こしたクリエイターの作品は、消えるべきなのか?小寺信良のIT大作戦(2/3 ページ)

[小寺信良ITmedia]

作品を非公開とする意味とは

 こうした議論のきっかけは、2019年3月の電気グルーヴ ピエール瀧氏の麻薬取締法違反による逮捕ではなかったかと思う。逮捕が3月12日、翌日13日には早くもソニー・ミュージックレーベルズが、発売していた電気グルーヴの全ての音源、映像の出荷停止と在庫回収、サブスクリプションサービスへの配信停止を発表した。ピエール瀧氏は音楽家としてだけでなく、俳優や声優としても活躍しており、NHKドラマや映画「アナと雪の女王」オラフ役の声優交代など、多くの影響があった。

セガはピエール瀧氏の逮捕当時、同社のゲームタイトル「JUDGE EYES:死神の遺言」内にピエール瀧氏が登場していたことからタイトルの販売を自粛。欧米版はキャラクターを差し替えて販売するとアナウンスしていた

 3月15日には早くも、ファンからレーベルの楽曲・映像封印に対して撤回を求める署名運動が展開された。27日間の活動で、79の国と地域から、6万4606人の賛同を集めたという。この結果は、多くのメディアに取り上げられた。不祥事と作品の封印の関係は、ここから「社会問題」となった。

 アーティストの不祥事にはさまざまなパターンがあるところだが、作品の封印というプロセスに関わるパラメータとしては、その不祥事は被害者があるパターンなのか、あるいは薬物利用のように単独で被害者がないパターンなのかも考える必要がある。

 薬物利用などの場合には直接的な被害者はないと考えられるわけだが、普通に生活している中では違法薬物を入手することは難しいので、その背景には反社会勢力とのつながりがあるのではないかという懸念がある。まさに「コンプライアンス案件」である。

 作品の公開を続ければ利益が上がってくるわけで、反社との関係性が疑問視されるアーティストから利益を上げるのは、企業としていかがなものか、という話になる。多くのアーティストを抱えるレーベルとしては、こうしたリスクを排除したいと考えるだろう。また、不祥事に対して厳しく対処することで、他のアーティストに対する一種の「注意喚起」、口の悪い言い方をすれば「みせしめ」の意味もあるだろう。

 一方被害者がある場合、そのアーティストの作品が目や耳に入るたび、思い出してはつらい思いをするという可能性が高い。そうした被害者の心は誰が守るのか、あるいはどういう手法によって守ることができるのかは、難しい問題だ。解決策として、その作品を封印するという手段はある。

 こうした魂の救済の問題は、簡単には解決できない。社会制度としては、加害者が服役などの罰を受けることで罪を償う、加えて損害賠償によって慰謝を行なうということで、終わりってことにならないか、という事になっている。贖罪(しょくざい)が終われば責任も終わりとするわけだが、もちろんそれでも救われない例は山ほどある。だがどこかで終わりという線を引かなければ、双方が先に進めないという事情もある。終わりのない問題を、一定の大なたをふるって強制終了させるというのも、社会制度の役割というわけである。

 逮捕の時点でもう封印というのは、社会制度としてはいささか性急すぎるとは思う。ただ被害者がいる場合の一時的な対応であるならば、一定の理解は示さざるを得ない。

 加えて、アーティストが関わっていたメディア露出との関係も勘案する必要があるだろう。例えば楽曲や配信であるなら、それを聴かない・見ないという選択はできる。だがテレビ番組出演や挿入歌のような放送による露出もある場合、見るつもりがなくても見てしまうという可能性がある。被害者や関係者にそこまで予見して行動せよというのは、酷な話であろう。

 よって、配信は視聴をコントロールできるものの、テレビなど視聴者がコントロール出来ないメディアへの露出がある場合は、露出の自粛はある程度の妥当性がある措置のように思える。

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