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45億個のワクチン製造で数百人のスタッフ育成が急務に、ファイザーが解決策に「VR」を選んだ理由とは(1/2 ページ)

» 2023年10月10日 17時30分 公開
[ITmedia]

 米Metaが巨額投資を続けるMR/VR領域。目をディスプレイが覆う高い没入感からゲームなどのエンターテインメント分野に注目が集まりやすいが、実は企業活用も進みつつあるという。米Meta Platformsで「Meta for Work」のプロダクトヘッドを務めるマイカ・コリンズ氏が、東京・港区で開催された「Softbank World 2023」に登壇。最新のMR/VR活用事例を紹介した。

米Meta Platforms シニアディレクター兼「Meta for Work」プロダクトヘッドのマイカ・コリンズ氏

 MetaはVRヘッドセット「Oculus Rift」などを手掛けていた米Oculus VRを2014年に買収し、VR事業に参入。2019年にはPCがなくてもヘッドセット本体で6DoF(バーチャル空間内を自由に動ける)に対応した「Oculus Quest」、21年には後継の「Oculus Quest 2」を発表。2は高性能ながら299ドル(日本は当時3万7180円、のちに円安で値上げ)という低価格でヒットとなった。21年にはFacebookから現社名に変えたこともあり、ヘッドセットのブランド名も「Meta Quest」に変更。23年10月には最新モデル「Meta Quest 3」が発売されたばかりだ。

 VR/MRのメリットとは、特定のバーチャル空間の中に入ったり、現実空間をコンピューティング空間に変えられたりすることだ。コリンズ氏は、これを企業が活用した例として、米ファイザーの事例を紹介した。2020年から全世界で猛威を奮っている新型コロナウイルスだが、感染拡大を予防するためにさまざまな企業が急ピッチで開発を続けたのがワクチンである。ファイザーもその1社で、早くから45億回分のワクチン提供を決めていた。

数十億個のワクチンを生産するために急きょ数百人のオペレーター育成が必要に

 しかし、新しい技術で作られたワクチンを一気に大量生産するのは難しく、しかも製造現場でもスタッフの不用意な接触を避けなければならない。一方で、一刻も早く全世界からのオーダーに応える必要もあるため、生産体制の構築を急ぐべく数百人の新しいオペレーターを育成する必要があったという。そこで同社のスマートファクトリーチームが目をつけたのがVR、特にQuestシリーズだった。

ファイザーはトレーニング用に500台のQuestを導入したという

 3D空間上に生産設備を再現し、複雑な生産工程が必要なワクチンの無菌製造を模したVRトレーニングを導入。教育を受けるスタッフ(トレーニー)がトレーナーから仮想空間上で指導を受けるもので、両者が物理的に離れていてもVR空間上で設備を見ながら一緒にコミュニケーションを取ることができる。

 Questの採用は、セットアップがしやすいこと、電源ケーブル不要でPCとの接続も必要がないスタンドアロンタイプであること、VRヘッドセットとしては知名度があり、使い慣れていない未知のものではなかったこと、手頃な価格帯などが決め手だったとしている。

ファイザーがMeta Questを選んだ理由

 ファイザーはヘッドセットを500台導入。100ページのドキュメントもVRトレーニング用に見直した。その結果、トレーニング時間を40%削減することができた他、トレーナー/トレーニーのペア1組あたり2万3000ドルの節約にもつながったという。さらにトレーニーへのアンケートでは、従来のトレーニング方法よりもVRを使ったほうが良いと87%が回答したとしている。

45億個のワクチン製造をクリア

数年→数時間に 新薬関連の開発装置をVRと3Dプリンタで製作

 また、University College London(UCL)の製薬系研究機関の事例も紹介した。こうした研究機関で使用している装置は専門性が高く、世界中でも製作ノウハウを持っている企業が少ないことから、装置の開発には何年も掛かるのが一般的だったという。また新薬開発は競争が激しい分野でもあり、時間が掛かるということは、それだけその研究機関での開発(同研究機関は抗がん剤や神経科学薬などを扱う)が遅れることを意味する。

UCLでの製薬系研究機関での利用例

 そこでUCLがチョイスしたのが、VRと3Dプリンティング技術を応用した研究装置の開発だった。研究チームは仮想空間で装置を設計し、3Dプリンターでの製造に成功。しかも製造に掛かる期間も数年から数時間と大幅に短縮している。装置作りが“得意”となった同研究室は、ドイツの装置メーカーとパートナーシップを締結。フロー合成のシステムを自分たちで開発したという。また、バーチャル空間上で仮想フロー合成機関を構築。離れた研究者同士でリモートで一緒に実験を行えるようになった。

 その他、独ルフトハンザ航空の例も紹介。同社はVRを多面的に活用しており、ファーストクラスのキャビンを体験できるというキャッチーなものから、エンジンメンテナンスなどのエンジニア向け、カスタマーサービス向け、キャビンアテンダント向けなど、トレーニング教材として広く活用しているという。

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