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「本人の声とそっくりな合成音声」の悪用に対して法的権利はあるか? NTT社会情報研究所が調査Innovative Tech(2/3 ページ)

» 2023年11月22日 08時00分 公開
[山下裕毅ITmedia]

人間の「声」は著作物か?

 著作権法では「思想または感情を創造的に表現したもの」を著作物として定義している。動画共有プラットフォームに投稿されたXの動画はX自身の制作による著作物であるため、Xはその著作権を有している。このため、YがXの動画の音声部分をデータ化して学習用データセットを作成する行為は、Xの著作物の複製となり著作権の侵害に当たる可能性がある。

 著作権法は「著作物を演奏や歌唱、朗詠などの方法によって演ずる行為」を実演と定義し、このような実演を行う者は、その実演に対し、実演家として一定の権利を有する。これには録音・録画権や実演家人格権これには録音・録画権や実演家人格権が含まれ、実演家は自らの声を含む音声の録音権を持ち、氏名表示権や同一性保持権を主張できる。

 例えば、Xが実演家として自身の動画に出演し、その声がYによって無断で抽出された場合、Xの実演家の権利を侵害する可能性がある。ただし、芸能的性質を持たない普通の会話などは実演家の権利の対象外である可能性もあり、どのような場合に権利侵害に該当するかは必ずしも明確ではない。

 著作権法によると、著作物に表現された思想や感情の享受を目的としない情報解析のための利用は、原則として著作権侵害には当たらない。この規定に基づくと、YがXの声からデータセットを作成し音声合成モデルを作る行為は、著作物の思想や感情の享受を目的としない利用に該当し、Xの権利が制限される可能性がある。

 しかし、YがXの声を再現する目的でYの声を含む音声データのみを使用している場合、Xは「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」の例外を主張できると考えられる。さらに、当該権利制限の規定は著作権の制限を意図しているため、Xの語りが実演に該当し実演家の権利を享受している場合、この権利制限規定は適用されない。

 また、この報告では、「声」そのものの著作物性についての考察も行われている。米国では、声の著作物性が争われた事例があったが、そこでは声には「固定化」がないため著作物として認められないとされた。

 日本ではこの固定化要件は必要なく、著作物性の有無は、著作権法2条1項1号の定義規定に照らして判断される。これに当てはめると、声は、感情を含んだ外部に認識可能な音であり、声の出し方によっては創作性があり、文化的所産に属すると整理する余地もある。

 しかし、声を著作物とすることは、モノマネなどの芸能スタイルや、電話や音声通信などで用いられている音声合成技術の利用が著作権侵害となってしまうという問題を引き起こす可能性があり、このような観点から、声の著作物としての取り扱いには慎重なアプローチが必要である。

声のパブリシティ権は主張できるか?

 パブリシティ権は、著名な人物の肖像や氏名などが持つ商業的価値を独占的に利用する権利である。この権利は、「ピンク・レディー事件」において、肖像などの商業的価値に基づく人格権の一部として扱われた。パブリシティ権の侵害は、肖像などそれ自体を鑑賞対象として使う場合、商品の差別化目的で使う場合、広告として使う場合など、特定の条件下で認められる。

 声も、肖像や氏名と同様にパブリシティ権の客体となる可能性がある。著名人の声を無断で広告に使用する行為は、その人の経済的利益に影響を及ぼすおそれがあるためである。例えば、Xの声を元に作られた合成音声をZが広告に使用した場合、これはパブリシティ権の侵害に該当する可能性がある。

 しかし、この研究報告では「ピンク・レディー事件」の判決に基づき、パブリシティ権を「人格権に由来する権利の一内容を構成するもの」と捉える場合、その根拠となる人格権の存在が必要となると主張する。

 氏名や肖像に関しては、パブリシティ権が認められる以前に、それぞれに対応する個別の人格権が存在していた。この事例から、声をパブリシティ権の対象とするためには「声の人格権」と呼べるような個別の人格権が認められていることが必要である可能性がある。

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