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もはや「◯軸」呼びは古すぎる “最高のメカニカルキーボード”に不可欠なキースイッチ最新事情と選び方ハロー、自作キーボードワールド 第13回(2/3 ページ)

» 2023年12月29日 16時00分 公開
[びあっこITmedia]

基本となる「ぐらつきの少なさ」

 現代のスイッチにおいて基本的な評価指標の一つが軸のぐらつきの少なさだ。キーボードにスイッチが固定された状態でキーキャップを外して、軸を押し込まないように前後左右に力を加えるとわずかに軸が揺れ動く。この動きをスイッチのぐらつき、もしくは軸のぐらつきと呼ぶ。

軸のぐらつきの様子軸のぐらつきの様子 軸のぐらつきの様子。Cherry MX Brown(左)とDurock Black Lotus Linear 2023(右)。Cherry MX Brown はトップハウジングが軸と一緒に動いてしまっているのが分かる

 軸のぐらつきが大きいと打鍵時のストロークが乱れ、打鍵感が不均一になったり、“なめらかさ”が損なわれたりするため、ぐらつきが少ないほどよいとされている。逆に軸のぐらつきから製造精度を推し量ることもできる。

 一方で、スイッチは軸がハウジングのレールを摩擦しながら移動する構造となっているため、どうしても機械的な遊びが必要となる。ぐらつきを完全になくそうと遊びを小さくしすぎると、逆に摩擦が増加してなめらかさが損なわれてしまうのだ。

 そのため各社ぐらつきの少なさとなめらかさのバランスを模索しており、必ずしもぐらつきがより少ない=よりよいスイッチというわけではない点に注意が必要だ。

オリジナルに近いCherry MXスタイルの軸のスイッチ(左)とBoxやWallと呼ばれる壁がついた軸のスイッチ(右)。軸のぐらつきを小さくするため各社工夫をこらしている

「なめらかさ」を左右する3要素

 現代のスイッチにおいて最も重要視されている指標と言っても過言ではないのがスイッチの“なめらかさ”だ。なめらかであるというのは文字通り、スイッチを押した際に引っかかりやザラつき、摩擦感が少なくスムーズな状態のこと。反対になめらかでない状態を「カサカサしている」、英語では「Scratchy」などと表現する。

 ぐらつきが少なくかつなめらかで、打鍵の際に触覚ノイズの少ない「クリームのような」打鍵感のものが高品質なスイッチとして近年は評価されている。

 スイッチの滑らかさを構成する要素はさらに「金型・製造精度」「素材」「潤滑」の3要素に細分化できる。

金型・製造精度

 スイッチのパーツは射出成形という方法でプラスチックを成形して作られている。この射出成形の際に用いられる金型の表面のなめらかさと材料の均一性のコントロールが、そのままスイッチのなめらかさに直結する。

 金型は射出成形を繰り返すごとに劣化していくため、同一の製品であっても金型が新しい方がなめらかなスイッチになりやすい。そのため各社とも金型の更新・管理に気を使っており、場合によっては新規の金型であることがスイッチのセールスポイントとして挙げられることすらある。

 ぐらつきの少なさの項目でも書いた通り、製造精度が高く適度に遊びが少ないと打鍵感のノイズが減り、なめらかさに寄与すると考えられている。

素材

 スイッチはプラスチックの面同士が接触・摩擦しながら移動する構造になっているため、摩擦抵抗の少ない自己潤滑性のあるプラスチック素材を選択することでスイッチのなめらかさを改善できる。

 基本的には汎用プラスチックよりも高機能なエンジニアリングプラスチックの中でも、低摩擦で耐摩耗性にすぐれるナイロンやPOMといった素材が使われる。最近では非常に低摩擦ではあるものの高精度な射出成形が困難で採用されていなかった超高分子量ポリエチレンを採用したり、添加剤として二硫化モリブデンなど固体潤滑剤を配合したりするなど、新しい素材の探求や改善が盛んに行われている。素材が公開されているスイッチも最近は多く、是非注目してみてほしい。

トップハウジングがナイロン、ボトムハウジングが "Ink Thermoplastic" という独自樹脂、軸が超高分子量ポリエチレンのUHMknownスイッチ。様々な素材の組み合わせが試されている

潤滑

 なめらかさを実現するために摩擦を低下させる手軽かつ効果的な方法が「潤滑剤の塗布」(潤滑)だ。「ルブ」(英語で「潤滑」を示すLubricationの略)と呼ばれることも多く、スイッチの摩擦がかかる部分に液体もしくはグリスタイプの潤滑剤を塗布する方法が一般的になっている。

 従来のスイッチは潤滑はされていないか、されているとしても最低限で、購入者がスイッチを分解して自ら潤滑をすることが多かったが、近年では出荷時点で十分に潤滑されている「ファクトリールブ」と呼ばれるスイッチが増えてきており、それに使用している潤滑剤や塗布方法など、出荷時の潤滑の品質が問われるようになってきている。潤滑には静音化や雑音を除去する効果もあり、後述する音の調整でも重要な役割を担っているポイントだ。

指の力加減に関わる「フォースカーブ・バネ」

 メカニカルキースイッチはスイッチとしては比較的長いストローク(押して戻ってくるまでの距離)を持っているため、そのストローク中の反発力の変化を感じ取りやすい。その「どれくらい押し込むとどれくらい反発力が返ってくるのか」という変化をグラフで表したものがフォースカーブだ。

 フォースカーブ自体は古くCherry MXスイッチの時代から公開されており、「リニア」「タクタイル」「クリッキー」それぞれの応答の違いを表すのに用いられていたが、近年の多種多様なスイッチの登場で、フォースカーブの見方も変わりつつある。特にバネのさまざまな性質のチューニングが近年のトピックとなっている。

フォースカーブの概略図。押し込んだ距離に応じてどのような反発力が得られるかがわかる。リニアでは名前の通り直線に、タクタイルでは押し込みの「山」がグラフにも表れる。近年ではプログレッシブやスロウなどこのグラフの傾きの違いも考慮されるようになってきている

 従来のスイッチではCherry MXスイッチを基準に、スイッチが実際にオンになる「アクチュエーションポイント」と呼ばれるタイミングでのバネの反発力を、スイッチの荷重の代表値として表すことが多かった。

 しかし近年ではプログレッシブスプリングやスロー(ロング)スプリングなど、ストローク全体を通した荷重変化、つまりグラフの傾きを変化させるバネも登場しており、アクチュエーションポイントの荷重だけではスイッチの特性が分からないことが多くなっている。スイッチに用いられるバネの荷重だけでなく、用いられているバネの種類、入手可能であればフォースカーブにも注目したい。

通常のスプリング(左)とスロースプリング(右)。バネの長さが異なり、押し込み時の荷重変化が異なっている

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