ここまでスイッチの触覚に関する評価指標を紹介してきた。しかし近年では、打鍵感は触覚だけでなく、視聴覚を含むマルチモーダルな現象として捉えられている。そのため触覚の他にも、特にスイッチの音の評価は重要な指標になっている。
ただし打鍵音はキーボード筐体やキーキャップの影響を大きく受けるため、スイッチは打鍵音に影響する一要素にすぎず、これから論じるのはあくまでキーボード全体の打鍵音に対してスイッチが与える影響の傾向という限定的要素であることは留意してほしい。キーボード筐体やキーキャップが管楽器本体、スイッチがリードやマウスピースに相当するようなイメージだ。
メカニカルキーボードの打鍵音といえば「カチャカチャ」といった機械的ノイズの多いサウンドだと思われがちかもしれない。実際HHKB Studioでメカニカルキースイッチが採用された際の反発は、このステレオタイプなイメージによるものもあったのではないだろうか。
しかし最近の自作キーボード・カスタムキーボードの文脈ではこういった「カチャカチャ」としたサウンドのキーボードはむしろ少数派であり、真逆の「コトコト」といった高音域と残響が適度に抑制されたサウンドや、「カラコロ」といったカチャつきのない小気味良いサウンド、「トストス」とした静電容量無接点方式に近い静音サウンドなどがよい打鍵音であるとされる傾向にある。これらの打鍵音にスイッチが影響する要素には「構造」「素材」「潤滑」の3つが挙げられる。
軸がまっすぐに移動するためのガイドとなる丸い棒部分をセンターポストやセンターポールと呼ぶが、最近は打鍵音への影響を考慮してこのセンターポストの長さやボトムハウジングとぶつかる先端部分の形状を調整する動きがある。
その他にも既存のCherry MXスイッチとは全く異なる形状のハウジングを持つ互換スイッチなども登場しており、さらなる発展が予想される評価項目となっている。
なめらかさの項でも書いた素材だが、近年では音にも影響を及ぼすことが知られている。ハウジングにナイロンを使うと比較的低音でやわらかなサウンドに、透明で光を通すポリカーボネートを使うと高音でカツカツとしたシャープなサウンドになる傾向とされている。
トップハウジングはポリカーボネートでボトムハウジングはナイロン、というように異素材を組み合わせるスイッチも多く、これらが底打ち時と戻り時の音それぞれに影響を及ぼす。なめらかさや光の透過具合など他の要素との兼ね合いで検討してみるといいだろう。
なめらかさの項で触れた潤滑も打鍵音に強く影響する要素の一つだ。潤滑によって様々な機械的ノイズを低減することができ「カチャカチャ」音を抑えた上質なサウンドに仕上げやすい。とくにスイッチ内部の巻きバネが打鍵後に「キーン」という金属的なノイズを発する「バネ鳴り」と呼ばれる現象は、適切な潤滑で効果的に抑制できる。
ここまで見てきた通りメカニカルキースイッチの評価と改善の事情はここ5年程度で激変している。以前のキースイッチの記事からの3年の間だけでも、新たなキースイッチメーカーが多く登場し大量のキースイッチが発売され、素材や構造についても新たな発見や試みが行われた。そのため未だ多くの人が持っているであろう「過去のカチャカチャとしたメカニカルキースイッチ」のイメージは完全に過去のものとなっている。
最近はホットスワップと呼ばれるキースイッチを後から簡単に交換できる完成品のキーボードやキーボードキットも増えており、様々なメカニカルキースイッチを気軽に試す環境も充実してきている。ぜひ最新の上質なメカニカルキースイッチの世界をあなたも体験してみてほしい。
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