このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。
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東京大学大学院情報理工学系研究科と広島大学脳・こころ・感性科学研究センターに所属する研究者らが発表した論文「Bodily maps of uncertainty and surprise in musical chord progression and the underlying emotional response」は、音楽の和音列が人間の身体感覚や感情にどのように影響を与えるかを探究した研究報告である。
研究チームは、米国のビルボード音楽チャートの890曲を基に、4つのコードで構成された8種類の短い曲を作成した。各曲は、和音列における予測誤差と不確実性の程度が異なるように設計されている。527人の参加者にこれらの曲を聴いてもらい、身体のどの部位でどの程度強く感じたか、また感情面でどのような反応があったかを評価してもらった。
これらの反応を組み合わせることで、研究者たちは各和音列に対応する固有の身体感覚マップを作成。分析の結果、基本的に頭部(脳)で感じているが、腹部(胃周辺)や心臓でも感じていることが分かった。
8種類の和音列の中で最も腹部の感覚が強く記録されたのは、4つのコード全てが低い予測誤差と低い不確実性の場合で、研究者たちはこれを「sLuL-sLuL」と呼んだ。この非常に予測可能な曲は、落ち着きや安堵感、満足感、ノスタルジー、共感といった感情を引き出した。
一方、心臓で最も強い感覚が強く記録されたのは、最初の3つのコードが低い予測誤差と低い不確実性で演奏されるが、最後の4番目のコードが高い予測誤差と低い不確実性の場合だった。研究者たちはこれを「sLuL-sHuL」と呼び、心臓で感じる強い感覚は、より美的鑑賞や快の感情と強く連動することを示した。
両方の和音列は、音楽的な美的感覚を喚起し、不安や居心地の悪さといったネガティブな感情を軽減することが分かった。対照的に、頭部に強い感覚を生み出す和音列は、不安や混乱の感情と有意に関連していた。
この研究は、音楽体験が身体感覚と密接に結びついていることを示唆している。この発見は、音楽がストレス軽減やメンタルヘルス向上に役立つ可能性を示しており、音楽療法などへの応用が期待される。
Source and Image Credits: Tatsuya Daikoku, Masaki Tanaka, Shigeto Yamawaki., “Bodily Maps of Uncertainty and Surprise in Musical Chord Progression and the Underlying Emotional Response,” iScience: April 4, 2024
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