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「知財管理はExcelでいいや」の危うさ 海外進出にらむ中小企業が気を付けたい“権利まわり”ニッチ企業でもできる!IT活用で海外進出

» 2025年05月30日 10時00分 公開
[本村丹努琉ITmedia]

 世界でも高い技術力を持つことで知られる日本企業。ニッチ分野で目立たないものの、高い技術や世界シェアを持つ企業は少なくない。ドイツの経営思想家のハーマン・サイモン氏はこうした企業を「隠れたチャンピオン」と定義し、経済産業省も「グローバルニッチトップ企業」として支援している。

 グローバルニッチは高い技術力を持つ一方、バックオフィスに課題を抱えることもしばしばあり、ITの駆使が求められることも少なくない。この連載では、こうした企業のIT戦略や、それを支える企業の声をインタビューで深堀りする。

 第2回は企業の知的財産管理サービスなどを手掛けるデンネマイヤーの日本法人(東京都港区)を取り上げる。同社自体は日本発のグローバルニッチではないが、日本企業が海外で自社の知的財産を保護・管理するためのシステムを提供している企業だ。

 デンネマイヤーの絹田信也社長は「知財保護は海外進出の大事な課題の一つだが、多くの中小企業はその認識が薄い」と話す。聞き手は、海外進出する中小企業のブランディング支援などを手掛けるZenkenの本村丹努琉(もとむら・たつる)。

photo デンネマイヤーの絹田信也社長

「知財管理をExcelで」が、海外進出の足かせに?

──貴社は企業の知的財産管理などのサービスをグローバルに展開しています。事業の概要と強みを教えてください

絹田社長:デンネマイヤーは知的財産に関する法務サービスに加え、知財戦略コンサルティング、知財管理システム、特許年金・商標更新管理などを手掛けています。1962年にルクセンブルクで設立され、現在世界中で300万件を超える知的財産を管理しています。日本法人では特許の更新の専任チーム、リーガルサービスの専任チーム、弁理士などが働いています。

 当社の強みの一つは、アイデア組成、インキュベーション、権利化、維持といった知的財産のサイクルを“一気通貫”にサービスできることです。2つ目はグループが創業60年であり、日本でも約40年の実績があることです。グローバルの知的財産権の管理数は300万を超えています。

 3つ目の強みは、世界で約20の直営オフィスがあり、約180の法域をカバーできるネットワークがあることです。海外にも一部日本スタッフがある窓口があります。

 もう1点は「DIAMS iQ」など知財管理のデジタルプラットフォームを持っていることです。このプラットフォームは、複数の国・地域・出願ルートに対応した知財出願案件の一括作成ができます。国内外の知財ポートフォリオに関する文書・連絡などを1つのシステムで一元管理。各国の知財法制度に合わせて各種法定期限を自動計算することもできます。

──海外での利益率の高さを見込んで、日本の中小企業でも海外進出が一般的になりつつあります。しかし、収益拡大だけにとらわれ、知的財産保護についてはおざなりになる企業もあるように思います

絹田社長:日本の中小企業は高い技術力を持っているだけに、海外でもそれを保護して経営の力にしていくことが海外進出の課題の1つです。進出した国で特許を申請して権利化していないと、中核技術を侵害されるリスクが出てきます。逆にきちんと権利化していれば、特許料を海外企業から徴収できるケースもあります。これは商標についても同様で、きちんと登録しておかないと自社ブランドが海外で使えなくなるリスクがあります。

 中小企業は一般に知財管理への意識が大企業に比べて低いように思います。経営者もこの分野へのシステム投資については「Excelなどを使って人力でやればいい」などと懐疑的なケースが多いように思います。しかし、知財管理を軽視したり、対策を先送りしたりすると思わぬ形で海外での事業の足を引っ張ることになりかねません。

──中小企業はどのタイミングで知財管理を意識するべきなのでしょうか

絹田社長:エンジニアが技術を発明した時点から知財管理を意識するべきです。権利化するべきかどうか、権利化するならどの国でやるのか、知財をどう経営に活用するのかをきちんと検討することです。それが海外で特許や商標を出願する際にも役立ちます。

──グローバルな知財保護でITを活用するのは不可欠でしょうか

絹田社長:かつてITが普及していなかったころは、特許や商標、意匠など知財管理は紙ベースでやっていました。担当者の個々の知識と経験など能力に依存して管理していたため、ミスが発生したり、次の担当者に引き継ぐのが難しかったりしました。

 ITを活用すれば、各国の知財当局が定めた回答期限などをリアルタイムに把握し、アラートを出すことができます。企業のグローバル化が進み、知財管理が大量かつ複雑になるほど、素早い計算や正確な整理・管理が得意なデジタルツールの活用が有効なのです。

──中小企業は一般に、大企業に比べて知財への意識が低いとのことでしたが、海外進出で成功例はありますか

絹田社長:中堅自動車部品メーカーA社の事例があります。開発拠点を米欧やインドなど海外に増やし、グローバル化しようとする際に当社に相談がありました。A社は知財チームが欧州や米国などにそれぞれあり、地域ごとに知財保護や管理をしていました。日本とは法律もシステムも言語も違い、混乱していました。

photo 各国で知財関連の仕組みは違う

 知財管理をしっかりしていないと、グローバルなグループ企業が、どんな知財権をもっていて、どんな強みがあるかが不透明になります。毎年の特許の登録料などコスト管理も大変で、本社で年間いくらかかっているかを把握できません。知らない間に特許や商標が失効してしまうリスクもありました。

 このため、A社がどのようなプロセスで知財を管理しているのかを聞き取り、整理整頓しました。その結果、「欧州で保有する特許をインドでも権利化しよう」などグローバルな見地にたって戦略的な出願ができるようになりました。

──具体的に業績や営業にどんな影響があったのでしょうか

絹田社長:A社は海外拠点が4つほどあり、営業支店が代理店を含めて約30ありました。自社技術の特許をグローバルに一括管理し、各拠点や支店と情報を共有することで営業やマーケティングの資料に入れるなどして活用しました。この結果、営業などで他社との差別化や優位性を強調できるようになりました。競合他社で自社技術を使っている場合、ライセンス料を受け取れるようにもなりました。

──知財を本社で一元管理せず、それぞれの海外拠点に任せるという企業もありますが、リスクはありますか

絹田社長:現場だけに任せていると、必要な特許の申請をしていなかったり、登録料を支払うのを忘れて権利が失効してしまったりするリスクがあります。M&A(合併・買収)の際にグループ内で誤って同じ特許の取得競争をしてしまう可能性もあります。M&Aの場合、買収した会社の知的財産の名義を変更していなければ、権利を侵害された際に裁判も起こせません。これは商標も同様で、名義変更しておかないとブランドを使えなくなってしまうこともあります。

──実際にどんな失敗例があるのでしょうか

絹田社長:米国の特許事務所が「弁理士の過誤による損失である」として訴えられるケースの約20%が、事務所スタッフの特許庁への手続きの事務的ミスによるものだそうです。例えば、製薬会社B社が米国で特許を出願したが、任せていた特許事務所が提出期限日を間違え、権利が認められなかった事例がありました。この製薬会社Bは特許事務所に20億ドルの損害賠償を求めたそうです。B社にとってはそれだけのビジネスの機会損失があったということだと思います。

──まずはこうした失敗事例を知り、中小企業も危機意識を高めていくことが大事ということですね

絹田社長:中小企業の経営者の中にはリターンが明確に分からないものには投資したくないと考えている人も少なくありません。しかし「知財は経営資源だ」という認識を持つ企業こそが、グローバル環境で業績を伸ばせるのだと思います。

著者プロフィール:本村丹努琉 Zenken取締役

通信機器販売やエネルギーコンサルティングなどのベンチャー企業3社で営業責任者として組織構築に従事。1人のカリスマだけに頼らない組織営業スタイルを確立し、収益増に貢献した。2009年に全研本社株式会社に入社し、ウェブマーケティングを担当する「バリューイノベーション事業部」(現:グローバルニッチトップ事業部)の立ち上げに参画。コンテンツマーケティング黎明期から、オウンドメディアを基軸とした WEBブランディングを提唱し、14年間で約8000社のインサイドセールスを構築した。

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