かくいう筆者も、最近は記事を書く際の調べ物はAIにやってもらっている。とはいえ、AIが作ったレポートをそのまま採用するわけではなく、そこに表示されたリンクをたどって情報を確認し、考え方の根拠を得るという方法だ。リンクをたどってみると、たまにそんな話どこに書いてあるんだよという場合もあるので、油断ならないところである。
それなら自分でサーチエンジンにand検索しても一緒なのではないかと思われるかもしれないが、AIに調査させると、自分では思いつかなかったワードで検索することもあり、自力ではたどり着けなかったであろう情報に到達できる。特に海外のサイトは日本語のワード検索では引っかかってこないが、AIはそうしたものも拾ってくるのもメリットである。
筆者は記事執筆のためにファクトチェックする必要があるので、必ず情報源のリンクを確認するが、多くの人はそこまでする必要もなく、AIのレポートを読めば十分だろう。
10月に大分の別府に旅行する計画があるので、試しにGoogleのAIモードを使って旅行プランを見積もってもらった。おすすめのコースや日程などを提案してくれる一方で、参考として右側にサイトのリンクも表示されている。
プライベートな旅行ということもあり、いちいちそれらのサイトに行って本当かどうか確認する必要性は感じない。行ってみて情報が間違っていても、誰にも迷惑はかからない。自分で何とかすればいいだけの話である。
多くの人の検索も、こうした格好だろう。元の情報源を訪れる必要はなく、AIのサマリーだけ見て「わかったわかった」、となるはずだ。こうしたスタイルは、「ゼロクリック検索」と呼ばれている。
米国の調査機関、米Pew Research Centerが今年7月に公表した調査によれば、Google検索のAIによる概要の登場により、リンクをクリックする割合は概要なしの時の15%から、8%に減少したという。またAIによる概要の中にある出典リンクをクリックする割合は、わずか1%であった。
今後、ゼロクリック検索が主流になれば、サイトに広告を掲載することで収益を得ている情報サイトは、急速に収益が減ることになる。Googleは広告技術の分割を巡る訴訟において、9月5日に裁判所に提出した文書の中で、「オープンWebはすでに急速に衰退している」と述べた。オープンWebとは、無料で見られるサイトのことである。9日には、オープンWebという文言を「オープンWebのディスプレイ広告」に差し替えたが、意味的にはそれほど変わらない。そもそもオープンWebはサイトに表示される広告で収益を得ているので、何も手を打たなければ広告と一緒に衰退することになる。
ここで起こっていることは、記事をAIに無断で学習されたという、著作権系の訴訟問題とはマインドが違うということだ。確かにサマリー化するときには内容が参照されたわけだが、AIによって著作権が侵害されたという主張が通るかどうかは、微妙な気がする。じゃあAIに「この文書をサマって」と命じることも全部著作権違反になるのか、という話になりかねない。
じゃあAIが検索で訪れた場合も広告が回ったとカウントすればいいのではないかと思われるかもしれないが、人間が見てない広告のカウンターが回ったって、広告効果は生まれない。広告主にとっては、そんなことでカウンターを回されたのではたまったものではない。
広告モデルで回っているメディアは、かなり多い。本サイトのようなIT系ニュースサイトや新聞系のWebサイトも、一部は有料記事になっているが、多くの記事が広告モデルにより無償公開されている。
ゼロクリック検索が主流になり、広告収入が減れば、こうしたメディアは立ち行かなくなる。もちろんそうなる前に、何らかの手を打つことになる。
比較的単純な手段としては、全体を有料のサブスクモデルへ移行することだ。AIは、有料の壁を越えて検索することはできない。しかし世の中の大半のメディアがサブスク化してしまったら、我々はありとあらゆるメディアに対してお金を払い続けることはできないので、そこには厳しい取捨選択が行われるだろう。メディアは激減し、その規模も広告モデル時代よりも細くなる。また情報を得る我々も、比較する相手がいなくなることで、情報の俯瞰性や網羅性が低下する。
メディアを細らせないという考え方では、AI検索事業者がメディアに対して一定のお金を払うというモデルも考えられる。現在でもGoogle、Yahoo!、msnといった検索大手は、ニュースメディアにお金を払って記事を転載するニュースポータルを運用している。このモデルにAI検索運営会社が加わって、メディアの記事を買い支えるという形は、あり得るかもしれない。
なぜならば、AI検索サービスが参照する先がなくなってしまったら、サービスとして成立しなくなるからだ。ただその分、AI検索会社が稼がなければならないので、AI利用の無料枠が縮小したり、AI検索結果に広告が入るということになるかもしれない。またこうした部分からもAI検索事業者間で顧客の囲い込みが起こり、AI検索サービスは2つ程度に収斂されるかもしれない。
さらにこの考えを推し進めれば、AI検索会社自身がニュースメディアを買収、または新規に運営を始めるという形も考えられる。最新情報とは、現実社会で起こっている事象をいち早くデータ化したものである。AIに食わせる餌を自前で調達しようというわけだ。
こうした先には、ニュースメディアから情報を綺麗にレイアウトして見せるという概念自体が消失するかもしれない。人間に直接見せる必要がなければ、単にMarkdownなどで書かれたファイルがあるだけのデータベースで十分だ。AIはある意味、レンダラーということになる。
AI検索でもっとも大きく影響を受けるのは、調査会社だろう。調査会社はアンケートなどの調査を実施し、データ化して分析を行う。このサマリーをサイトに掲載し、興味感心のある事業者を募って、データと詳細なレポートを買ってもらうわけだ。
だがデータ分析やレポート作成こそ、AIの得意分野である。よって調査会社が分析やレポートを作成するのは無駄で、調査データだけよこせ、という話になる。調査会社は、AI検索事業者に直接データを売るという業態に変化するか、もしくはAI検索事業者へ吸収されるかもしれない。これも一種の、「餌やり係」化である。
ただこれは、これまでのインターネットのあり方を抜本的に変える、かなり危険な方向だ。なぜならば、情報が広く多くの人の目に触れることで検証が行われ、改善によって質が向上するというサイクルがなくなるからである。人間にとって正しいか、あるいは道徳的であるかということは、人間が検証しなければ意味がない。検証なしに、ありとあらゆる情報を鵜呑みにするだけなら、自由主義社会とは言えない。いくらAI検索が主力になっても、人間が直接見ようと思えば見られる、という線は最低限残しておくべきだろう。
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