モバイルバッテリーの発火事故は、2025年7月20日にJR山手線、新宿〜新大久保間で発生した件が比較的記憶に新しいところだ。多くの乗客が利用する公共交通機関での事故であったことや、モバイルバッテリーはすでに広く普及しており、いつ自分が当事者になるかも分からないことから、警戒感が強まっている。
こうしたモバイルバッテリー事故の増加は、昨今粗悪な中国製品が出回るように…といった論調も聞かれるところだ。もちろんそうした要因もあるだろうが、実はすでに何年も前から警鐘は鳴らされていた。消費者庁が発表した古い資料を当たってみたところ、すでに18年には事故の急増が報告されている。
モバイルバッテリーで使われているバッテリーは、リチウムイオン電池が7割で、残りはほぼリチウムポリマー電池となっている。リチウムイオン電池は、セルが円筒形の金属でパッケージングされており、ある意味でっかい乾電池みたいな形状である。モバイルバッテリーはこれを内部に並べて、充放電コントローラーや端子などをくっつけて外装を整えたものである。
一方リチウムポリマー電池は、同じリチウム系ではあるが、セルがパウチ状になっており、薄型化・軽量化が可能なのがポイントである。現在モバイル製品といわれるもののほとんどはリチウムポリマー電池が使われており、モバイルバッテリーも薄型のものはほぼリチウムポリマー採用だと考えていいだろう。リチウムポリマーもリチウムイオン電池同様の発火リスクがあるが、劣化すると内圧が高まり膨張するという特徴があるため、発火などの事故につながる前にユーザーが外装の変形に気づいて早めに対応するケースは多い。
リチウム電池使用製品は、リコールがかかっている製品が結構ある。今年7月の山手線事故のバッテリーも、すでに23年からリコールがかかっている製品だった。経済産業省ではリコールがかかっている製品を一覧で公開しているので、気になる人は確認してみるといいだろう。
リチウムイオン電池はすでに実用化されて長い。製造コストも下がり、再充電可能な二次電池としては、一般的なものである。一方で使用される電解液は可燃性が高く、加熱により可燃性ガス化すると発火につながりやすいという弱点がある。また発火すると化学反応を伴うため、消火が難しいという難点もある。
こうした問題を避けるために、従来型リチウムイオン電池以外の選択肢が検討されるようになった。安全性という点で積極的な姿勢を見せているのは、「ポータブルバッテリー」といわれる製品群だ。モバイルバッテリーと何が違うのかと問われると難しいところはあるが、ここではモバイルバッテリーではあり得ない大容量を実現し、AC電源出力を持つタイプ、と定義しておく。
リチウムイオン電池は、多くは正極材料に「三元素系」といわれる素材を使っている。三元素とはニッケル・コバルト・マンガン、あるいはニッケル・コバルト・アルミニウムを指す。
ポータブルバッテリー界隈では、中国ECOFLOWを筆頭に21年頃から三元素系をやめて、リン酸鉄リチウムイオン電池にシフトし始めた。これも一種のリチウムイオン電池には変わりないが、600度まで熱分解が起こらない、充放電サイクルが飛躍的に向上するという特徴がある。充放電サイクルが3000回とか6000回とかうたう製品は、リン酸鉄リチウムイオン電池採用である可能性が高い。
この12月には、中国BLUETTIがポータブルバッテリーでは初めてナトリウムイオン電池を搭載した製品「Pioneer Na」を発表した。ナトリウムイオン電池は、リチウムやコバルトなどの希少金属を必要とせず、世の中に大量にあるナトリウムを使うため、資源リスクに強く、また高温動作も比較的安定しているといわれている。ナトリウムイオン電池はまだ高価だが、量産効果を得るためにあえて採用したという。
一方で電解質に液体を使用するのをやめるという動きも活発化している。「半固体電池」は、電解質を液体ではなくゲル状にしたものを使用する方式と、固体に電解質を染み込ませたものを使用する方式の2つがある。基本的にはリン酸鉄リチウムイオンには違いないが、熱安定性が高く、高温動作でも安定する。
23年にはDabbsonが、後者の半固体電池を採用したポータブルバッテリー「DBSシリーズ」を展開している。Dabbsonはもともと中国のEV車用バッテリーの製造メーカーなので、液体からの脱却は早かった。
EV界隈では、従来の液体の電解質を完全固体に置き換えた「全固体電池」の研究開発が進められている。これは高温環境でも破格に安定しており、急速充電しても安全性が高いといわれている方式で、実用化は20年代後半と予想されている。半固体電池は、全固体へ至る途中として登場した技術である。
全固体電池採用ということでは、24年に米ヨシノパワーがポータブルバッテリーとしては世界で初めて全固体電池の製品をリリースしたのも記憶に新しいところだ。
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