「あの『邪神ちゃんドロップキック』が、大学と組んでSNSリテラシー教材になった」──。
このニュースを聞いて、耳をうたがった読者も多いのではないだろうか。『邪神ちゃんドロップキック』(以下、邪神ちゃん)といえば、悪魔と女子大生のブラックな同居生活を描き、時にはチェーンソーやドロップキックが飛び交い、流血沙汰も辞さない破天荒なギャグアニメだ。
これまでも「ふるさと納税」で数億円を集めたり、違法アップロード映像を逆手に取ったりと、アニメビジネスの常識を覆し続けてきた本作だが、まさか教育現場で「SNSとの上手な付き合い方」を説く教材になるとは、誰が予想できただろうか。
しかし、この一見水と油に見える「教育」と「邪神ちゃん」の結合には、アニメ業界が抱える構造的課題を突破し、中堅IPが生き残るための緻密な生存戦略が隠されていた。
この異色の「エデュテインメント」(教育×エンターテインメント)コラボを実現させたのは、二人のキーパーソンだ。
一人は、元JR東海グループで新幹線のシステムに携わり、現在は大学教員として情報教育を研究する伊藤大河准教授。もう一人は、『邪神ちゃん』の宣伝プロデューサーであり、『理系が恋に落ちたので証明してみた。』などのヒット作や、著書『宣伝は差異が全て』でも知られる柳瀬一樹氏(柳は異字体が正式表記)だ。
埼玉県春日部市にある共栄大学・伊藤研究室を訪ね、二人にその舞台裏と、アニメビジネスの「正気と狂気」について聞いた。
伊藤 大河(いとう たいが)
共栄大学 国際経営学部 准教授。博士(教育学)。
ジェイアール東海情報システム(JR東海グループ)に在籍し、2年間は東海旅客鉄道(JR東海)に出向。新幹線運転管理システム(COMTRAC)の開発・保守・運用等に一貫して携わる。その後大学教員へ転身し、学習院大学計算機センターを経て現職。TVアニメ『踏切時間』『京都寺町三条のホームズ』などで製作委員会に関わるなど、異色の経歴を持つ。専門は情報教育、教育工学。著書に『大学基礎 データサイエンス』(実教出版)。
柳瀬 一樹(やなせ かずき)
TVアニメ『邪神ちゃんドロップキック』宣伝プロデューサー。
NTTドコモでdアニメストアを立ち上げ、KADOKAWAを経て2019年に独立。現在は東京大学大学院学際情報学府に在学中。既存のアニメ宣伝の枠にとらわれない「差異化」戦略で知られ、クラウドファンディングやふるさと納税を用いた大胆な企画を次々と成功させる。主な担当作品に『邪神ちゃんドロップキック』シリーズ、『理系が恋に落ちたので証明してみた。』シリーズ、2026年1月放送『ほっぺちゃん 〜サン王国と黒ほっぺ団の秘密〜』など。著書に『宣伝は差異が全て』(太田出版)。
──まず、今回のコラボレーションが実現した経緯から教えてください。大学の先生からアニメサイドにオファーがあった形でしょうか? 一般的に、大学とアニメのコラボはハードルが高いイメージがあります
伊藤大河氏(以下、伊藤):おっしゃる通り、通常はなかなか接点がないのですが、実は柳瀬さんとは以前からつながりがあったんです。私が過去にテレビアニメの製作委員会に関わっていた時期がありまして。
──伊藤先生はもともとJR東海グループで新幹線のシステムに関わっておられたエンジニアですよね? アニメの製作委員会にも?
伊藤:はい。大学教員に転身して以降、アニメ業界の方々と関わる機会がありまして、ショートアニメなどの製作委員会に参加していたんです。
当時は、公式サイトを作ったり、Twitter(現X)を運用したりといった実務もやっていました。その時に、『踏切時間』というアニメの声優さん(荒浪和沙さん)を通じて柳瀬さんを紹介していただいたのが最初です。
柳瀬一樹氏(以下、柳瀬):確か『邪神ちゃん』の2期の頃でしたよね。伊藤先生から「JR東海ツアーズ」さんをご紹介いただいて、「邪神ツアー公式ガイドブック」という旅行商品を作ったのが最初のコラボです。今回はそれ以来のタッグになります。
──なるほど。伊藤先生ご自身がアニメビジネスの「プロトコル(作法)」を理解されていたことが大きかったわけですね
柳瀬:まさにそこが重要なんです。どこにも明文化されていないんですが、アニメ業界には独特の「文化資本」や「プロトコル」が存在します。分かりやすいところで言うと、画像を使用するときにはコピーライト(©)を表記しないといけないとか、キービジュアルを勝手にトリミングしてはいけないといったアニメ業界の常識ですね。ここが共有できていない異業種とのコラボは、説明コストや修正の手間──つまりコミュニケーションコストが膨大になるため、敬遠されがちです。
普通はやらないですよ(笑)。でも、『邪神ちゃん』は他がやらないからこそ、異業種の方とコラボしたいと思いますし、プロトコルが一致している伊藤先生となら、この「異色のコラボ」もスムーズに実現できると確信しました。
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