近年、スタートアップを取り巻く空気は明確に変わってきています。資金調達は難航し、急な人員整理や事業リストラも珍しくなくなりました。2021年のスタートアップバブルから5年が経過し、2026年は多くのスタートアップにとって、事業と資本の両面で重大な選択を迫られる年になります。
これは単なる景気循環ではありません。資本市場、上場制度、評価の在り方、M&A、人材の流動性といった複数の要因が同時に作用し、「スタートアップが企業として生き残れるか」が厳しく問われる局面に入っています。本稿では、スタートアップ評価の構造と資本環境の変化を整理します。
合同会社エンジニアリングマネージメント社長。博士(慶應SFC、IT)。IT研究者、ベンチャー企業・上場企業3社でのITエンジニア・部長職を経て独立。大手からスタートアップに至るまで約20社でITエンジニア新卒・中途採用や育成、研修、評価給与制度作成、組織再構築、ブランディング施策、AX・DXチーム組成などを幅広く支援。
21年のバブル期に調達した資金は、多くの場合5年前後のランウェイを想定しています。つまり26年は、次のエクイティ調達、M&A、事業縮小、清算といった選択を迫られる年になります。調達額しか語れない会社は、このタイミングで時間差の破綻が起きやすいといえるでしょう。一方、事業が強い会社は、調達競争から距離を置き、本質的な顧客価値の積み上げに戻っていきます。
ただしこの5年間で、資金調達環境は明確に変わりました。金利環境の変化やリスクマネーの収縮により、ベンチャーキャピタル(VC)は「成長していそうだから投資する」姿勢から、「次の資金調達まで耐えられるか」「出口が見えるか」を重視する方向へと舵を切っています。レイターステージでのバリュエーションは調整され、既存投資家も追加出資には慎重になっています。
ここで重要なのは、事態の原因が「プロダクトが悪いから調達できない」ことではなく、「資本市場の期待値が変わった」点にあることです。その結果、スタートアップ経営の重心が、事業実行よりも「次の調達をどう説明するか」に寄りがちになります。結果として、調達額を成果のように語る会社ほど、実は売上構造や粗利、LTV(顧客生涯価値)、CAC(顧客獲得単価)といった実務的なKPIで語れないケースも多く見られています。
スタートアップにはもともと、将来の期待や物語を前提に評価がつくため、短期的な実績よりも「説明力」が重視されやすいゲーム的な構造がありました。ただ、近年はこの傾向が強まり、人材採用や投資判断が「なんとなくイケていそう」「有名VCが入っている」といった雰囲気で進む場面も増えていました。
その結果、会社の中核に「説明は上手だが、複雑な課題を自ら解いた経験が乏しい」いわゆるピッチ型人材が集まりやすくなります。大型調達の成功体験は経営にとって強い正のフィードバックになりますが、同時に「説明がうまくいけば次も何とかなる」という誤学習を生む事態にもつながります。
もう1つ、注目すべき変化として、東証グロース市場で上場基準や市場からの期待値が事実上引き上げられている点が挙げられます。かつては「10年で時価総額40億円」が一つの目安でしたが、現在は「5年で100億円規模」が求められる空気感が広がっています。
この変化により、無理にIPOを目指すよりも、M&Aを現実的な出口として早期から設計するスタートアップが増えています。さらに象徴的なのは、これまで「夢の伴走者」を自認していたVC自身が、M&A仲介やエグジット支援の専門部隊を持ち始めたことです。
ファンドの満期が迫る中、IPOの蓋然性が低い投資先に対して、VCは「成長支援」から「売却先の探索」へと役割を切り替えざるを得ません。これはVCにとってもLP(出資者)への説明責任を果たすための苦渋の決断ですが、起業家にとっては「株主がドライな仲介者に変わる」瞬間でもあります。
「IVS」などのスタートアップイベントでも、M&Aをテーマにしたセッションが複数観察されるようになりました。事業会社側も、「いつか上場する会社」としてではなく、「どの条件で買うか、あるいは距離を取るか」という目線でスタートアップを見る必要があります。
スタートアップ評価のゆがみは、M&Aの現場でも顕在化しています。他誌で報じられた事例では、M&Aした企業の内部に、買収候補として説明されていたプロダクトが実際には存在しなかったケースが紹介されました。
これは極端な例に見えるかもしれませんが、評価がストーリーや印象に依存しやすい環境では、買収候補の実装状況やデリバリー能力が十分に検証されないまま意思決定が進むリスクを示しています。事業会社側のデュー・ディリジェンスの甘さと、スタートアップ側の説明偏重が重なった結果とも言えます。
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