2019年にスタートした本連載「Innovative Tech」は、世界中の幅広い分野から最先端の研究論文を独自視点で厳選、解説する。執筆は研究論文メディア「Seamless」(シームレス)を主宰し、日課として数多くの論文に目を通す山下氏が担当。イラストや漫画は、同メディア所属のアーティスト・おね氏が手掛けている。X:@shiropen2
広州医科大学などに所属する研究者らが発表した論文「A brain-persistent DDR2-degrading antibody reverses Alzheimer’s pathologies by restoring brain fluid dynamics and metabolic clearance」は、アルツハイマー病に伴い脳の老廃物排出システムの崩壊を引き起こす原因タンパク質を特定し、これを分解する抗体を脳内に届けることで病態を改善できることをマウスで示した研究報告だ。
アルツハイマー病の進行には、アミロイドβやタウなどの異常なタンパク質の蓄積だけでなく、脳の血流低下やグリンパティック系と呼ばれる脳内老廃物排出システムの機能不全が大きく関わっていることが近年分かってきた。しかし、この血管や排出システムを破綻させる分子レベルの原因は、これまで明らかになっていなかった。
研究チームが今回、その原因として突き止めたのが「DDR2」というタンパク質(受容体)。DDR2はコラーゲンと結合する性質を持ち、肺などの末梢臓器が硬くなる「線維化」に関わるタンパク質として知られている。
実際の患者の脳を解析したところ、脳内の環境を整える「アストロサイト」、血管の周りにある線維芽細胞、脳脊髄液を作り出す脈絡叢(みゃくらくそう)の細胞において、このDDR2が異常に増えていることが確認された。
とりわけアストロサイトでのDDR2の増加は、病気の進行度やアミロイドβの蓄積量、認知機能の低下と強く結びついていた。アルツハイマー病のモデルマウスのアストロサイトで人工的にDDR2を増やしてみると、アミロイドβの生成が促され、蓄積が加速するだけでなく、脳の血流が減って脳を守る血液脳関門のバリアーが破綻し、さらには老廃物を洗い流す脳脊髄液の循環まで滞ってしまうことが実証された。
こうした脳内の複合的な機能不全を食い止めるため、研究チームはDDR2を標的とした新たな抗体「HL2」を開発した。この抗体はDDR2に結合し、細胞内の“ゴミ処理場”であるリソソームへと運び込んで分解してしまうという働きを持つ。
脳の奥深くまで確実に薬を届けるため、脳内へ入りやすいウイルスを運び屋として利用し、マウスの脳内でこのHL2抗体を持続的に作り出させる治療を行った。
この抗体治療の結果、マウスの脳内に蓄積していたアミロイドβが減少し、低下していた記憶や学習などの認知機能が回復した。さらに、滞っていた脳の血流やエネルギー代謝が改善し、血管のバリアー機能や脳脊髄液の循環といった脳のインフラ機能も正常な状態へと修復された。
対照群(左)では脳脊髄液(緑)の浸透が乏しいのに対し、HL2投与群(右)では脳全体に広く行き渡り、グリンパティック系の機能回復が確認できる。下段のヒートマップでは赤い領域ほど流れが活発であることを示す。
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