国内ビジネスから世界ビジネスへの転換:書籍「モバイル・コンピューティング」第一章(2)
「今度のモバイル・ビジネスでは、かつてのパソコン・ビジネスの二の舞は避けたい」――モバイル産業をけん引してきた通信キャリアや端末メーカーらのプレイヤーは、1990年代にPC産業の主導権を米国企業に奪われたような事態は避けたいと願っている。
この記事について
この記事は、PHP研究所が発行する書籍「モバイル・コンピューティング」(著者:小林雅一)の第1章を、出版社の許可を得て転載したものです。
この途方もないポテンシャルを秘めた新しいビジネスに一足でも早く参入しようと、今、世界に名だたる主力ITメーカーや通信会社(キャリア)が、雪崩のように押し寄せている。
まずiPhoneで先陣を切ったアップル、それをAndroidで追撃するグーグル、さらにインテル、デル、マイクロソフト、そしてアマゾンなど、ハード、ソフト、サービス各分野の世界的リーディング・カンパニーがこぞってモバイル・コンピューティング事業に着手、注力しつつあるのだ。
翻って国内に目を転じると、これまで日本のモバイル産業を牽引してきたNTTドコモやKDDIのようなキャリア、そして彼らと共にケータイ端末やアプリケーションを開発してきたハード、ソフトのメーカーらは、上のような事態に並々ならぬ危機感を募らせている。特にメーカーは、かつて1990年代にパソコン産業の主導権を、インテルやマイクロソフトなど米国企業に奪われてしまった苦い思い出があり、それに現在の状況をだぶらせてしまうのだ。
日本のパソコン産業は80年代終盤まで、国内に閉じた産業であった。そこではNECの「PC98」シリーズが市場の大半を占め、残りを富士通、東芝、日本IBMなどの製品が分け合っていた。これら異なるメーカーの製品にはアプリケーション・ソフトの互換性がなく、ユーザーは不便を強いられた。ところが、90年代に入るとIBM製の「DOS/V」と呼ばれる基本ソフトが普及し始め、これを契機にして日本のパソコン市場も「IBM互換機」、つまり「事実上の世界標準(デファクト・スタンダード)」が主流になっていった。この過程で「CPU(中央処理装置)」と「OS(基本ソフト)」という、ハードとソフト双方のプラットフォームを、それぞれインテルとマイクロソフトに握られてしまったのだ。
当時のパソコン産業が置かれた状況は、現在のケータイ産業とよく似ている。日本のキャリアや携帯端末メーカー、そしてアプリケーション・プロバイダらは、彼らが生み出し育んだ多機能ケータイ端末とその上の高度サービスが、これまで米国を始め世界のモバイル産業を大きくリードしてきたと自負している。
しかし、それは「ガラパゴス化」と揶揄されるほど、国内市場に特化して独自の発達を遂げたビジネスであった。また異なるキャリア間で、端末やアプリケーションの互換性もなかった。それがiPhoneやAndroidの日本上陸を受けて、日本のケータイ産業もグローバル・スタンダードへの転換を迫られている。そうした中で、彼らは「今度のモバイル・ビジネスでは、かつてのパソコン・ビジネスの二の舞は避けたい」と願っているのだ。
しかし「災い転じて福となす」の諺通り、日本のICT産業にとってもモバイル・コンピューティングは、新たなビッグ・チャンスの到来を意味する。それが、国内ビジネスから国際ビジネスへの転換を告げるからだ。すなわち、これまで世界のどの国を見ても、キャリアを中心とするモバイル産業(ケータイ産業)は、そのほとんどの売上を国内市場から得るドメスティックな産業であった。これとは対照的に、パソコンやインターネットを軸とするコンピューティング産業(IT産業)は、WindowsやWebのようなデファクト・スタンダードに従い、もっぱら世界市場を相手に製品やサービスを提供するグローバル・ビジネスである。
となると日本企業から見ても、従来の「ケータイ」から新たな「モバイル・コンピューティング」への移行は、グローバルなビジネス・チャンスの到来を意味することになる。
MM総研の調査によれば、国内の携帯電話端末の売上は2008年に3589万台と、前年よりも29.3%も減少、また2009年上期には前年同期比で14%も減少した。国内市場が飽和した日本のケータイ業界にとって、「モバイル・コンピューティング」の到来は、中国、インドを始めとするアジア新興国市場、あるいはアフリカのように潜在的な巨大市場への本格的参入を促す。のみならず、これまで培った高度な携帯端末やアプリケーションの技術をモバイル・コンピューティングに上手く応用すれば、北米や欧州のような先進国市場にも進出できるだろう。
こうした展望を前に、日本の携帯端末メーカーは今後、主力商品を従来のフィーチャーフォン(多機能ケータイ)から、スマートフォン(モバイル・コンピュータ)へと切り替えて来るだろう。それは新製品のターゲットを国内から世界市場へと移す以上、必然の展開である。現在の勢いを見る限り、世界の携帯端末市場では、いずれスマートフォンが従来型のケータイを追い抜いて主流化する。日本メーカーも、国内だけ独自仕様にするのは製品の開発・製造コストの点で著しく非効率になる。従って、遅かれ早かれ全ての製品をグローバル・スタンダードに合わせることになるだろう。
問題は、その過程で日本のモバイル産業がこれまで国内で培った先進の技術を生かし、世界をリードしていけるかにある。その一助となるため、本書は第5章で、今後の世界における日本モバイル産業の位置づけや役割を考えてみたい。
関連記事
- 今、何が起きているのか――モバイルコンピューティングの時代
各キャリアが多彩なスマートフォンを投入し、一般ユーザーへの普及が見込まれることから、2010年はスマートフォン元年になるとみられている。さまざまなプレーヤーが参入し、新たなビジネスモデルが生まれつつあるこの市場は、どんな新サービスを生み、人々の生活をどう変えるのか。 - ドコモ、Androidスマートフォン「Xperia」を発表
NTTドコモとソニー・エリクソンが1月21日、Androidスマートフォン「Xperia」を発表した。 - FeliCaやワンセグ搭載も視野に――KDDIが目指すスマートフォン戦略
スマートフォンで後れを取ったと言われているKDDIは、どのような戦略で巻き返しを図るのか。KDDIの重野氏は、同社がこれまで展開してきたBREWアプリやEZwebで培ってきたノウハウを生かし、日本独自の機能を採り入れる必要がある考えを示した。 - KDDI、Android端末とWindows phoneを6月以降に発売
KDDIが「Androidスマートフォン」「Windows phone」を6月以降に発売すると発表。さらにAndroid端末の導入にあわせ、独自のアプリマーケットも提供する。 - ソフトバンク、Android携帯を来春発売
ソフトバンクからGoogleのAndroidを搭載した携帯電話が登場する。 - シャープ、Android搭載機を開発中
シャープがAndroid OSを搭載した端末を来年にも発売することを明らかにした。FeliCaを搭載する可能性や、キャリアサービスが利用可能になる可能性などにも言及した。 - 京セラ、Android端末「Zio」を発表 スマートフォン市場に復帰
京セラのスマートフォン「Kyocera Zio M6000 Android」は、Android 1.6と3.5インチのタッチスクリーンを搭載する。
関連リンク
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.