ガソリンの課題を解決する「燃料電池車」キーワード解説(1/2 ページ)

燃料電池車は量産以前の段階にあり、水素を供給するインフラもない。電気自動車よりも効率が悪い。それにも関わらず開発が進むのはガソリン車が持つ本質的な課題を解決でき、将来のエネルギーインフラの姿に適合するからだ。

» 2013年07月19日 16時30分 公開
[畑陽一郎,スマートジャパン]

 水素を燃料として走る「燃料電池車」。2013年時点では燃料電池車に競争力はない。まず、車両が量産されていない。次に水素を供給する燃料電池車向けのインフラもない。燃料電池車向けに水素を量産する工場もない。

 内部の発電機(燃料電池)が水素から大量の電力を生み出すことで電源車として利用できるなど独自の優位性(図1)はある。しかし、広く一般的に使われる姿が想像しにくい。

図1 米軍で利用されている燃料電池車。出典:General Motors

 ではなぜ燃料電池車なのか。燃料電池車などの次世代自動車に期待が掛かるのは、長い目で見るとガソリン車には将来がないからだ。複数の巨大企業によって年間5000万台以上が生産され、さまざまな技術開発が続くガソリン車には、死角がないように見える。

ガソリンに頼れなくなる

 ガソリン車の死角はガソリンそのものにある。クイズ記事「なぜ石油はいつまでも『あと40年』なのか?」で解説したように、石油は100年単位では枯渇しない。枯渇しないが、価格は際限なく上昇していく。容易に採掘できる油田が枯れた後は、より採掘コストがかさむ油田の開発が進み、その後は……、という動きが止まらない。先進国の石油資源に対する需要は頭打ちになっているものの、新興国の消費量の伸びは著しい。結局、需要は減らない。需要が減らないために採掘は続くが、価格は上がり続けるということだ。

 ガソリンの価格が高級ワイン並に上がってから、次世代自動車の開発を初めても間に合わない。さまざまな社会的インフラの投資、整備にも時間がかかる。そこで、燃料電池車など、複数の次世代自動車がもてはやされているという図式だ。

 ガソリン車のもう1つの課題は地球温暖化だ。日本では電力を中心としたエネルギー政策が混乱を来しており、電力コストばかりに目が向いている。しかし、大気の平均温度が上がり続けていること、二酸化炭素(CO2)の濃度が高まり続けていること、二酸化炭素には大気の温度を高める効果があることの3点は確実だ。大気の温度を高めるのは二酸化炭素だけではないが、さまざまな研究によって、二酸化炭素が主な原因であることも分かっている。地球の平均温度が短期間に陸上や海上など全ての領域にわたって上昇し続けるとどうなるか。寒冷地でも農作物を栽培しやすくなるなどのメリットもあるが、全てを足し合わせると莫大な負の効果をもたらす。このような現象が起こるとしてもなるべく遅らせるような努力が必要だ。

 ガソリン車は走行時に必ず二酸化炭素を排出する。燃費を高める技術開発は、ユーザーの支払うガス代が減るだけではなく、排出する二酸化炭素を減らすという目的もある。しかしこれにも限界がある。ガソリンのもつ化学エネルギーを例え100%運動エネルギーに変換できたとしても燃費は最大3倍にまでしか高まらない。ユーザーにとっては燃費が3倍になることは歓迎すべきことだが、二酸化炭素排出の観点からすると不十分だ。

 そこで走行時に二酸化炭素を排出しない、さらには製造から走行、廃棄までの全ての段階で二酸化炭素を排出しない車に向けた開発が進む。

なぜ燃料電池車なのか

 次世代自動車が必要なことは分かった。ではなぜ燃料電池車なのだろうか。現在有望な次世代自動車は、ハイブリッド車、燃料電池車、電気自動車だ。

 ハイブリッド車は「次世代」というより、既に広く導入が進んでいる現在の車だ。ガソリン車へ電気自動車に必要な技術の一部を取り込み、電気自動車のメリットのいくらかを先取りするものだ。電力で走行する距離をどの程度に設定するか、外部から充電できるようにするか、などの設計は自動車メーカーの戦略によって異なるものの、いずれは電気自動車に収束していく。

 電気自動車はクイズ記事「電気自動車はガソリン車より石油消費量が多いのか?」で紹介したように、全ての自動車技術のうちで最もガソリンの消費量が少ない。これは、再生可能エネルギーや原子力発電の効果を差し引いて計算したものだ。

 ではなぜ、電気自動車以外に燃料電池車が必要なのか。理由は2つある。

 第1の理由は自動車が移動する機械であり、走行前に外部から内部にエネルギーを与えなければならないからだ。電気自動車では現在の蓄電池技術の制限により、充電できる電力量に制限がある。大量に充電できる電気自動車を設計しようとすると、搭載する電池が重くなり、これを加速するためにさらに電力が必要になる。最後は電池自体を高速移動させるために電池を搭載する形になり、本末転倒だ。電池技術の改善のスピードは、材料化学に依存するため早くない。数年で2倍などという改善は期待できない。

 このため、連続的に長距離走行が必要な車両は電気自動車よりも燃料電池車が向く。燃料電池車は700気圧に圧縮した水素を貯えるタンクを備えている。例えばトヨタ自動車の「FCHV-adv」はJC08モード走行で1充填当たり760kmの連続走行が可能だ。電気自動車では無理な距離である。高圧タンクを備えることや、長距離走行に向くことから、燃料電池車は超小型車や軽自動車ではなく、バンやバスなど大型の車両から普及すると考えられている。

 第2の理由はエネルギーのインフラだ。遠い将来、石油に変わって「液体燃料」の主流になるのは水素(H2)やメタン(CH4*1)、エチルアルコール(エタノール、C2H5OH)になると考えられている。液体燃料は備蓄しやすく取り扱いもたやすい。全てが電力に置き換わるわけではない。水素インフラがほとんど整備されていない現在でも水素スタンドを利用すれば充填時間は約3分と短い。電気自動車にも電池ごと交換する、ワイヤレス充電技術を使うなど、充電時間を短くする技術の開発は進んでいるが、ガソリンスタンドと外観が似た設備を使って燃料を素早く充填できる利便性は無視できないだろう。

*1) ここでいうメタンは、天然ガスやシェールガスの主成分であるメタンではなく、水素から改めて合成したメタンだ。

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