シリコンの可能性が分かっていたにもかかわらず、利用が遅れた理由はこうだ。シリコンを採用すると、電池の寿命が短くなってしまう。
広く使われている炭素系負極は、充放電によってリチウムイオンが出入りしても構造を維持し続ける*1)。充放電時の変形に強く、寿命が長い。ところが、シリコンは柔軟性がなく、充放電時の膨張・収縮によってヒビが入る*2)。充放電を繰り返すと、粉々になってしまうのだ。こうなると性能が大幅に低下する。
図1を引用したNEDOの資料でも、体積変化の課題が大きいことを指摘している。「合金系負極は、大きな体積変化や不可逆容量、微粉化による短寿命化等の解決すべき課題は多い」(資料中9ページ)。
日立マクセルは、膨張・収縮の問題を解決した「ナノシリコン複合体」を2010年に開発。既にスマートフォン用の角形の二次電池として製品化している(図2)。ナノシリコン複合体では、ナノメートルサイズのシリコン結晶を結晶構造のないアモルファス構造の一酸化ケイ素(SiO)の中に分散させた。SiOがシリコンの膨張を緩和する。これで寿命を維持できた。
*1) 黒鉛(グラファイト)は、六角形の金網状の配置に炭素原子が並ぶ層(グラフェン層)が、分子間力(ファンデルワールス力)で積み重なった構造を採る。層内の炭素原子は強固に結びついているもののの、層間の結合は弱い。このため、端面からリチウムイオンが入り込み、層間にリチウムイオンを収めることが可能だ(インターカレーション)。リチウムイオンを蓄えた状態でも層間の距離が1%程度増えるだけで、グラフェン構造が壊れることはない。放出後は、分子間力で層同士の位置関係が元に戻る。これが黒鉛電極の強みだ。
*2) シリコンだけを含む負極を作った場合、リチウムイオンを取り込むことで、体積が300%に増える。
ULSiONでは、ナノシリコンと炭素の複合材料(SiO-C)を改善し、負極中の含有量を増やすことで容量の倍化に成功したという。「充放電で膨張収縮して使いにくい材料を、使いこなせるようになり、材料の量を増やしても性能が損なわれなくなったことが開発成果だ。サイクル寿命は従来の電池と同レベルである」(日立マクセル)。
ULSiONには、エネルギー密度以外にも改善点がある。高電圧から低電圧まで広い領域で充電が可能になったことだ。
「スマートフォン向けの技術として高電圧対応(4.4ボルト対応)を実現しており、既に製品化している。今回、シリコンを増量することで、2ボルトという低い電圧に対応できた」(日立マクセル)。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.