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ニコンD70はなにをもたらすのか〜または「私的ニコン/キヤノン論」気紛れ映像論(1/3 ページ)

» 2004年03月05日 16時34分 公開
[長谷川裕行,ITmedia]

 間もなく登場するニコンのD70。そこで前回予告した「アートの身体性」は次回にまわすことにして、今回はこのニコンD70の登場と、今後のデジタル写真について考えてみよう。

右肩上がりのデジカメ市場

 小泉内閣は景気が持ち直しつつあるとPRしているが、われわれ庶民の実感とはほど遠い。朝日新聞によれば、20〜30歳代の勤労者は(人員削減によって)「労働量が増えた」と感じているそうだ。労働量が増えても収入に大差がないのなら、例え数値上の「景気回復」が事実だとしても、国民一人一人の「幸せ感」には無意味なことだ。

 そんな相変わらずの不況の中で、デジタル家電市場は盛況である。パソコンの売れ行きはともかく、液晶・プラズマテレビやデジタルカメラなど、家電に属するデジタル製品は売り上げが伸びているのだ。デジカメの売り上げ増にあやかって、メモリカード業界も「ホクホク顔」だという(*1)。

「一生モノ」でないから売れる

 デジカメは確実に売り上げを伸ばしている。その上り坂は今後も続き、2006年にはデジタル一眼レフの出荷台数が600万台に達すると予測されている。銀塩カメラの出荷台数は1970年代中期の400万台がピークだった。それをいとも簡単に超えてしまう勢いなのだからすごい。

 コンパクトタイプ中心のいわゆるコンシューマー向け製品は、当然、一眼レフ以上に売れている。ユーザーの限られているデジタル一眼レフが、ここまで売れていることが驚きなのだ。その理由の一つには、デジタルカメラが銀塩カメラのような「一生もの」でないということが挙げられる。

新製品もあっという間に旧機種

 デジカメは、高画素&高性能な新製品が矢継ぎ早に登場する。銀塩のように基本技術が固定化しておらず、デザインも流行によって変わり、ボディの素材も薄っぺらな樹脂だ。銀塩のクラシックカメラのように「レンズ性能はイマイチだけど、それがまたいい味で……」「この金属的な手触りと、操作の面倒なところがいいんだよなぁ」などと、大切にしてくれるファンもマニアもいない、というかそんなフェティッシュなマニアが生まれる素地は全くと言っていいほどない。

 だから旧機種は瞬く間に無用の存在となって飽きられ、ユーザーは次々と登場する新製品に惹かれてしまう。旧機種をずーーーっと(モノによっては孫・子の代まで)使い続けられる銀塩より、新しいものを出せば売れるデジタルの方がメーカーとしては“おいしい”のである。

キヤノンの思い切り

 デジタルカメラが銀塩を駆逐する事情は、他にもいろいろある。これについては稿を改めて触れよう。ここでは、キヤノンのEOS Kiss Digitalがデジタル一眼レフの低価格化に先鞭をつけたことに注目したい(*2)。

 Kiss Digitalは、デジタル一眼レフの売り上げ増=ユーザーの裾野拡大に貢献している。発表当時、競合他社の製品はオリンパスのE-1もペンタックスの*ist-Dも、実売価格でおよそ2倍またはそれ以上。最大のライバル、ニコンのD100も似たようなものだった。そこにあの低価格だ。製造コストの削減が効いている訳だが、そりゃあ売れるはずである。

 キヤノンはフラッグシップ機D1の後、D60、D30と中級クラスの低価格機を連発し、コストパフォーマンスを向上させていった。それに刺激されたニコンは2002年にD100を発売、数ヶ月遅れて翌2003年初頭にキヤノンが10Dを発売……と、両者は常に追いつき追い越せの競争を繰り返していた。

 だから、ニコンがKiss Digitalと同等の性能・価格でD70を出してくることも、キヤノンにとっては計算の内だったはずだ。キヤノンによれば、低価格の入門機を出すことによってデジタル一眼の価格が下がり、ユーザーの裾野が広がることを期待しているとのこと。こういった思い切りの良さはキヤノンの「らしい」ところだ。プロ&高級機志向のニコンを入門機路線に巻き込むことで、デジタルカメラの受け皿は確実に広がるだろう。

保守的なニコンの風土

 キヤノンに触発されてD70を出したものの、やはりニコンは「プロ・ハイアマチュア向け路線」を重視している。デジタル一眼ではD1、D2とD100の間を埋める機種がない。主力はプロ向けの前者だ。


*1 これには、デジカメのメモリカードをフィルム同様「一度撮影したらそのまま保存しておくもの」と思い込んでいるユーザーが少なくないという事情も影響している。画像データをハードディスクやCD-Rにコピーし、フォーマットやデータを消去して再使用するという使い方を知らず、満杯になったら新しいカードを購入している人は案外多いらしい。

*2 誤解を避けるためにお断りしておくが、僕はキヤノンの“回し者”ではない。仕事柄、懇意にしている関係者はいるが、それはニコンをはじめとする他メーカーでも同じこと。僕はEOS Kiss Digitalを世に出したキヤノンを素直に褒めているのだ。カメラの性能を褒めているのではない。Kiss Digitalがもたらす「道具の提供する(いろいろな意味での)可能性」に期待しているのである。

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