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ニコンD70はなにをもたらすのか〜または「私的ニコン/キヤノン論」気紛れ映像論(2/3 ページ)

» 2004年03月05日 16時34分 公開
[長谷川裕行,ITmedia]

 もちろんキヤノンもプロ向け製品をないがしろにしている訳ではない。最高級機1Dsは画質の点でD1を遙かに上回っているし、800万画素超で8.5コマ/秒と連写性能を向上させたEOS 1D MarkIIも登場する。しかし、それだけでは市場は活性化しない。エントリーユーザーを巻き込まなければならない。

 とは言え、これまでの銀塩一眼ユーザーの食指をデジタル一眼へと向けさせるのは至難の業だ。特に、カメラクラブやカメラ雑誌のコンテストなどで活躍している年輩のハイアマチュアは、そもそもパソコン自体が苦手だったりする。パソコンを軽く使いこなせて、しかもそこそこの「絵」を手軽に撮りたいと思っている人――若者、女性を巻き込むことが重要なのである。

 「デジタル・クリエーターズ・コンテスト」を開催し、デジタルアートの動向を把握しているキヤノンは、そのことにいち早く気付いている。

 加えてニコンは、銀塩派のユーザーに対するこだわりも捨てきれないでいる。これは、ニコンの社員も感じているジレンマのようだ(*3)。

 1996年、銀塩のフラッグシップ機F4の後継をデジタルにするかアナログにするかで、ニコンの商品企画会議は紛糾したという。結果、銀塩のF5が栄えあるニコン最高級機の座を射止めたのだが……。このとき対案として提出されていたデジタル一眼レフが、後にD1となって商品化される。

 結果的に、F5はニコン最後のプロ向け銀塩一眼レフとなった訳だが、デジタル分野ではD1一辺倒――要するにプロ向け最高級機路線に執着することになる。一方キヤノンは、EOS 1Dに続いてD60、D30……と、値下げ路線に突っ走る。

 もちろん値下げだけではない。コストパフォーマンスは向上し、D60に搭載された630万画素のCCDは、感度ISO400の銀塩カラーネガフィルムが持つ解像感を追い抜いてしまった。

 デジタルカメラに限らず、ハイアマチュアと呼ばれる人たちの使う一眼レフ分野では、キヤノンの革新性に対してニコンは保守的なイメージが強い。実際、ユーザーも同じ傾向がある。

プロを大切にしてきたニコン

 F1でそれまでのレンズマウントを切り捨てたキヤノンに対して、ニコンは常に旧仕様のレンズを使えるよう配慮してきた。過去に発売されたレンズとカメラの露出計が示す値との誤差まで、シリアルナンバーや製造年月で判断できるよう配慮している。

 朝鮮戦争でライカをしのぐ評価を得、報道分野で大活躍したニコンは、プロの要求に的確に応えるべく努力してきた。プロは、自分の手になじんだボディ――つまり旧機種――を大切にする。新しいことに挑んで失敗するリスクを負うより、旧守派に徹して安定した「絵」を取得することを重んじるのがプロである。

 しかし、秒進分歩のデジタル技術の世界では、その「安定を求めるプロ志向」が裏目に出た。ニコンのD1X一辺倒だった新聞社の中にも、キヤノンのEOS 1Dへと乗り換えるところが出てきた。さらに高速連写の1D Mark IIが追い打ちをかける。

ニコンはまだ分かっていない?

 EOS Kiss Digitalの登場に慌てたニコンはD70で迎え撃つ。連写性能、重量感と質感、どれをとってもKiss Digitalを上回っている。後発ゆえの強みだ。が、ニコンはまだ分かっていない。

 これからのハイグレードな写真を支えるのは、カメラとしての性能、手にしたときの重量感や質感にこだわる男性(非常に抽象的な意味での「男性的なユーザー」)ではなく、女性(同様に、抽象的な意味での「女性的なユーザー」)なのである。

 ニコンD70は売れるだろう。それは間違いない。D1を高嶺の花と憧れ、D100を買おうかどうしようかと迷っていたニコン派ユーザーの多くは、D70で購買の決心を固めると思う。が、彼らから新しいデジタル写真が生まれるかと言えば、極めて疑わしい――と、僕は思うのだ。

ユーザーの“質”が違う

 D70の購買層は、大半が銀塩からの乗り換え組かサブ機を必要とするD1ユーザーではないだろうか? 一方Kiss Digital購買層の多くは、これまで一眼レフ(銀塩であれデジタルであれ)を使ったことのないユーザー、あるいは本格的な絵作りを経験したことのないユーザーだと思う。

 この違いが、銀塩の延長としてのデジタル写真と、銀塩とは一線を画するデジタル写真との境界を明確にするように感じているのだ(*4)。


*3 仕事がらみではないプライベートな会合で、ニコンの社員さんに「キヤノンはデジタル中心にシフトしてユーザー層の拡張を考えてますよ」と水を向けると、「うちはそういう面で腰が重いから」とボヤいておられた。お酒の席での会話なので、もちろん公式見解ではない。

*4 銀塩と一線を画するデジタル写真が、ケータイのカメラで撮影した画像とどのようにつながっていくのかはまだ分からない(果たしてつながるのかどうかも不明だ)。これに関してはまだまだ語るべきことがあるので、ここでは結論を保留しておく。

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