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「EMIは打つ手がなかった」――DRMフリー化と「CCCD」という無駄 そして日本は津田大介氏(4/5 ページ)

» 2007年04月09日 10時00分 公開
[津田大介,ITmedia]

 1つは2005年から2006年にかけてのSONY BMGの「大失態」だ。同じ時期にMacrovisionの新しいバージョンのCCCDを市場投入していたEMIだが、これはCDをパソコンに挿入するとプレーヤーソフトがインストールされるなど、挙動がXCPのCCCDと似ていた。

 rootkit騒動を受け、EMIはITやネットの世界でプライバシーの保護や表現の自由といった市民権を確保することを目的とする米国団体Electronic Frontier Foundation(EFF)から、EMIのCCCDに含まれるDRMソフトにセキュリティ上のリスクがないか、疑いをかけられた。幸いにしてEMIのCCCDはSONY BMGのような訴訟問題に発展することはなかったが、あの時点でEMIは「多くの敵を作り、多大なDRMコストを支払ってまでCCCDを続ける意味はない」と判断したのではないだろうか。

VistaがDRM撤廃のきっかけに?

 もう1つはWindows Vistaの存在である。EMIが次世代CCCDを模索していた2004年頃、同社はMicrosoftの(当時の)次世代OSである「Longhorn(Windows Vistaのコードネーム)」におけるCDコピー防止技術をどうするかということで、Microsoftと継続的な協議を行っていた。OSレベルでCDコピーにDRMを付加し、すでに市場に流通しているノンDRMの音楽CDまでセキュア化するということが狙いだったようだ。しかし、フタを開けてみれば、Windows VistaにEMIが望むような「革新的なコピー防止機能」は搭載されなかった。あれだけDRMに命をかけていた2004年当時のEMIとMicrosoftの間で何が起きたのか。

 Windows Vistaは開発過程で悲惨な運命をたどったOSだ。簡単にいえば、Microsoftが当初ぶち上げていた「WinFX」「WinFS」といった画期的な新機能の搭載がことごとく断念されてしまったのである。これにより、Windows VistaはWindows XPと比較したときに「見た目ぐらいしか変化がないOS」になってしまった。これは邪推でしかないが、もしかすると、こうしたOS開発のドタバタの中で、EMIが望むようなOSレベルでのコピー防止サポートも吹っ飛んでしまったのではないだろうか。

注:

 上記の記述についてメールでいくつかご指摘をいただいた。フォローしておくと、「WinFX」は.NET Framework 3.0に形を変えて搭載されている。ただし、Windows XPなどにも提供されており、Vista固有の機能ではなくなった。

 OSレベルのDRM実装については「Paladium」、後の「NGSCB」という構想があったが、技術コミュニティーやプライバシー侵害といった観点から反発が大きく、結果的に断念せざるを得なくなった。ただし、VistaにはDRMを強化するための「Patch Guard」という機能が搭載されており、rootkitの侵入やDRMクラッキングに対してセキュリティが上がっているそうだ。

 しかし、この機能は64ビット版のVistaにしか搭載されておらず、32ビット版には搭載されていないそうだ。現状メーカー製PCにプリインストールされているのはほとんどが32ビット版であり、当分64ビット版の普及が遅れそうなことを考慮すると、Patch GuardでコンテンツのDRM強化をするというのも現実的には難しいと言えそうだ。

 前段で「こうしたOS開発のドタバタの中で、EMIが望むようなOSレベルでのコピー防止サポートも吹っ飛んでしまった」と表現したのは、技術的な話というよりも、Vistaの開発が遅れ、当初の構想からスケールダウンしていく過程の中、CD-Rライティングが可能という非常に緩いDRMを採用したiTunes Storeが勢力を伸ばし、オンライン音楽市場のあり方がどんどん変わっているときに両社におけるDRM開発の実効性や金銭的な部分での折り合いなど、ある種「政治的」な部分でこの話がシュリンクしていったのではないか、という指摘であった。機能面として「MicrosoftがDRMを強化したOSを提供できなかったからこの話が吹っ飛んだ」という文脈では使っていないので、その点だけ注意いただきたい。

 いずれにせよこの話も筆者個人の邪推であり、実際にどうなのかということはもう少し複雑な事情はあるだろう。


 いずれにせよ、新バージョンのCCCDを市場に浸透させるつもりが、SONY BMG問題でケチを付けられ、OSレベルでDRMのかかっていない音楽CDのコントロールまで行おうとした企みも、Microsoftのお家事情(?)で、ご破算になった。EMIグループのエリック・ニコリCEOは今回のDRMフリー化の発表会において「われわれは、変化を受け入れ、消費者が本当に購入したいと思うプロダクトやサービスを開発することに力を入れている」と述べたが、筆者から言わせれば単にEMIは「打つ手がなくなった」だけに過ぎないし、「変化を受け入れるのに10年はかかり過ぎだよ!」と全力でツッコミを入れたい。

 今回の動きは、公式にはEMIからAppleに対して働きかけがあったとされているが、もしかしたらジョブズCEOは、こうなることを見越しており、EMIの打つ手がなくなったタイミングを見計らって、今回の水面下でこのような提案をしていたのかもしれない。

EMIは変わった

 邪推はともかくとして、EMIの意識が昔と比べて変わってきているというのは紛れもない事実のようだ。米国のガジェット系ニュースサイト「Gizmodo」では今回の件についてEMIのシニア・バイス・プレジデントであるジーン・メイヤー氏に電話インタビューを行った記事を掲載している。ここに書かれている情報によれば、EMIがDRMフリー化を決めた主な要因は「消費者がDRMフリーの音源を求めている」ことが調査によって判明したからだそうだ。また、DRMフリーで配信することで違法コピーのファイルが増えたとしても、それ以上に正規音源の売上が増えると予測している。こうした話を真に受けるならば、消費者がきちんとレコード会社に対して「イヤなものはイヤだ」と要求することには大きな意味があるということだろう。

 エリック・ニコリCEOは今回の発表文の最後で「あらゆる形での海賊版との戦いと消費者の教育を続ける」と述べたそうだ。彼に言われるまでもなく、適正な対価でコンテンツが購入される環境が整備されたのならば、消費者は(自分が本当に欲しいと思ったものを)「購入」という形でそれに応える必要がある。2003年のiTunes Music Store開始から早4年。「ようやくスタートラインかよ……」という思いはあるが、音楽業界が新たな一歩を踏み出したことについてはポジティブに評価したい。

米国レコード各社は追随へ

 この決断は日米の音楽業界にどのような影響をもたらすのだろうか。米国の専門家はおしなべて肯定的に評価しているようだが、米国の状況については筆者もほぼ同じ予想である。今回のEMIの決断によってEMIのDRMフリー音源の売り上げが上がるようなことがあれば、他社も追随する可能性が高い。そもそもレコード会社はどこも基本的なビジネスモデルは同じ。業界内での人々の移動も多く、どこか1社が実験的なことを行って成功した場合、他社がそれに追随するということが非常に多く見られるからだ。

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