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「EMIは打つ手がなかった」――DRMフリー化と「CCCD」という無駄 そして日本は津田大介氏(2/5 ページ)

» 2007年04月09日 10時00分 公開
[津田大介,ITmedia]

 こうした状況の中、可処分所得が限られている消費者の一部は「お金を払わなければ楽しめないコンテンツ」の方に流れ、「音楽は無料で楽しむ」ということを習慣化させてしまった。

 娯楽の多様化に加えて、コピーで済ますことができるかどうか(さらにいえば、音楽の場合、ほかのコンテンツと比べてリピートして何回も楽しむ要素が非常に強く、これがコピーする必然性を生み出してる)。これらの複合要因でレコード会社はそれまで得ていた利益を失っていったのだ。

 そうした状況の改善策として対症療法的に生まれてきたメディアがコピーコントロールCD(CCCD)である。パソコンでコピーされている現状に対処するために登場したCCCDは、通常のCDにパソコンで認識できるデータ領域を加えたディスクである「CD-EXTRA」の技術を応用し、データ領域にパソコンでコピーできないようにするDRMを内蔵させたものだ。

 しかし、このCCCDは非常に問題の多い代物だった。何せコピーを防止できるパソコンは全体の3割程度で、ほとんどのパソコンでは問題なくリッピングできてしまう。さらに、DRMの技術が非常に乱暴だったため、通常のCDとの互換性が損なわれていた。本来再生できるはずの通常のミニコンポやラジカセなどでCCCDが再生できない。ピックアップに負担をかける。音質が劣化するといったさまざまな問題を抱えていたのである。

 期待していたコピー防止効果が見込めないばかりか、正規に購入したユーザーにも不便を強いて、かつ自分の再生機器で再生できない場合にも返品に応じない。さらにいえば、iPodに代表されるような音楽の新しい楽しみ方まで否定するような「不良品」が消費者に受け入れられなかったのはごくごく当然のことだったといえる。

CCCD、消費者と“決裂”

 消費者から大きな反発を食らい、欧州では訴訟騒ぎにまで発展したCCCDだが、それでも世界中のレコード会社はCDにDRMをかけることに躍起になっていた。

 稚拙な技術を使った初期のCCCDをバージョンアップさせ、一定数のデジタルコピーを認めるようなCCCDも登場した。そしてCCCDが決定的に市場と「決裂」するきっかけとなったのが、4大メジャーのひとつであるSONY BMGがリリースしたCCCDにrootkitが組み込まれていた事件である。パソコンでのコピーをコントロールするために、彼らはトロイの木馬を消費者のパソコンに隠れてインストールするという手法を選んだのだ。

 問題発覚後、SONY BMGは大手メディアからシリコンバレーのIT企業、そして何より多くの消費者から強烈なバッシングを受けることとなった。最終的に欧米で訴訟騒ぎにまで発展し、同社は全面敗北。欧米で起こされたさまざまな訴訟に対して数十億円単位で和解金を支払うはめになり、SONY BMGは今後のDRMソフトの使用について制限が加えられた

CCCD以外の選択肢もあったはずだが……

 なぜこのような事態になったのか? すべては音楽CDが20年以上前に登場した古い規格であり、パソコン(CD-ROM)やインターネットでコピーされる技術を想定していなかったというところに原因がある。

 そもそもDRMというのは、コンテンツそのものとそれを再生する機器の両方が対応していないと機能しない。ところが音楽CDの場合(実質的に)DRMなしの状態ですでに再生機器が普及しつくしていたという状況があった。一説にはCCCDが登場した2001年頃の段階で、全世界で1億台以上CDを再生できるハード(これはパソコンのCDドライブなども含める)があったともいわれる。

 ところがそうしたハードは当然ながらパソコン用のDRMを認識する仕組みが内蔵されていない。有効に機能するDRMを持ったCCCDを実現するには、業界をあげて新たなDRM付きCCCDの規格を作り、それに対応するCDプレーヤーを出荷する必要があったのだ。しかし、1億台以上普及した音楽を聴く「インフラ」を全部リプレースするなんてことは現実的に無理な話。「じゃあどうしよう」と悩んでいたのが2000年〜2002年頃のレコード会社だったといえる。

 この時点でレコード会社としては3つの選択肢があった。

(1)DRMをかけないそのままの状態で音楽CDを売り続ける

(2)不十分なDRM付きのCCCDを売る

(3)適正なDRMを備えた音楽ディスクに移行する

 結果的にレコード会社は(2)を選んだわけだったが、実はこの時「次世代CD」と呼ばれるSACDとDVD-Audioと呼ばれる商品がすでに市場に投入されていた。CDよりも数倍高音質で、かつDRMもきちんとしている次世代CDが存在するのに、ハードが普及していないということと、コスト面で折り合いがつかないということで(3)の選択肢を取れなかった。いわば苦肉の策として(2)を選んだわけであるが、前述した通りCCCDでリリースされた商品は中途半端にしかコピーを防止できないばかりか(そもそも、パソコンでのコピーを防ぐためのDRMなので、レンタルや友人からCDを借りてそれをMDにデジタルコピーを行うような一般ユーザーには関係がなかったともいえる)、多くの正規購入者にも被害を与えることとなり、結果的に消費者の不信を招くことになった。

CCCDめぐるレコード各社の動き

 すべてのレコード会社がCCCDをリリースしたわけではないというのも重要なポイントだ。海外の4大メジャーではEMIとSONY BMGが中心となり、Warner、Universalは実験的な投入しか行わなかった。日本においてもこの割合はまったく同じで、日本レコード協会加盟社のうち積極的にCCCDをリリースしていたのはエイベックス、ソニー・ミュージックエンタテインメント(SME)、東芝EMIのみで、ほかのレコード会社は一部タイトルでリリースをしたものの、ほとんどが実験レベルの投入にとどまり、もっとも多くのタイトル数が市場に投入された2003年でも、全体のタイトル数から見たらCCCDでリリースされたタイトルは半数以下であった。

 そして、2004年夏にエイベックスとSMEが相次いでCCCDからの撤退を発表。国内は東芝EMIのみが親会社である英EMIグループの意向を受けてCCCDをリリースし続けた。海外でも2004年頃から日本と同じようにEMIグループ以外、CCCDタイトルのリリースは少なくなっていたが、2005年に状況が変わる。「新型CCCD」として、EMIグループと日本の東芝EMIが「Secure CD」という名の新バージョンのCCCDをリリースしたのだ。そして、SONY BMGも「XCP」というDRMを採用した新しいCCCDをリリース。そのCCCDが世界中を巻き込む大問題になったのは前述した通り。この事件が決定打となり、消費者は音楽CDに過剰なDRMがかけられることに強い拒絶感を示すようになった。

ジョブズの「DRM撤廃宣言」

 iTunes Storeを運営するAppleのスティーブ・ジョブズCEOは今年2月6日、サイト上に突如「Thoughts on Music」と題されたコラムを掲載した。内容はアップルがiTunes Storeで採用しているDRM「FairPlay」に対するユーザーの不満や、欧州地域で加熱するFairPlayのオープン化要求を受けて書かれたもので、詳しくはリンク先を読んでもらえばわかるが、ジョブズ氏はこの中で興味深い提案をしている。それが「音楽配信サービスで売られるファイルからDRMを撤廃する」ということだ。

 「すべてのオンラインストアがオープンライセンスのフォーマットでエンコードされ、DRMがない状態で売られていることが、消費者にとって一番好ましい選択肢であることは明白」とし、その上で「4大メジャーレコード会社が認めるならば、DRMを付けない状態で音楽を売る」とコメント。さらには「DRMなしの音楽CDが毎年何十億枚と売られている現状がある限り、DRMをかけたところで海賊版の根本的な対策にはならない」と断言した。

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