ハウリングする恐怖――社内悪口の“正帰還”樋口健夫の「笑うアイデア、動かす発想」

ポジティブフィードバックという現象がある。会議室などで、マイクがひろったちょっとした音をアンプが増幅し、再びマイクがひろってしまい、キーンと耳障りなハウリングが起こってしまう現象だ。社内の悪口もこうしたポジティブフィードバックが起こりやすい。

» 2007年11月16日 14時00分 公開
[樋口健夫,ITmedia]

 ネガティブフィードバック(負のフィードバック、負帰還)という言葉を知っているだろうか。あるベクトルの出力が逆の方向(負)で再入力(フィードバック)され、出力が安定したり、ついには衰えて失われたりすることだ。ちょっと例えが微妙かもしれないが、秋空の下、山々に向かって「おーい」と叫ぶと、「おーい」「おーい」「おーい」とこだまする。だが次第に小さくなり、ついには聞こえなくなってしまう――こんなことをイメージするといいかもしれない。

 この逆のポジティブフィードバック(正のフィードバック、正帰還)という現象もある。会議室などでマイクを使って説明するシーンを浮かべてほしい。マイクがひろったちょっとした音をアンプが増幅して出力し、その音を再びマイクがひろってしまい、ついにはキーンと耳障りなハウリングが起こってしまう。冒険映画などでは、ピラミッドの秘密通路で、「おーい」と小声で呼びかけたら、「おーい」「おーい」「おーい」と、どんどん大きくなって、通路自体が崩れてしまうことシーンもあるぐらいだ。

 今から6年前の2001年11月12日、岐阜県飛騨市にある東京大学の神岡宇宙素粒子研究施設で起きたポジティブフィードバックはこんな例だ――。この地下の巨大な観測装置「スーパーカミオカンデ」で、純水タンクの壁に取り付けられていた6000個もの巨大な“電球”のような光電子倍増管が一気に壊れてしまった。そのきっかけは、たった1つの光電子倍増管が壊れたことだという。1つの管が破損したことで衝撃波が発生し、6000個もの管が次々に壊れていったのだ。

悪口千里を走る

 会社の中で、こうしたポジティブフィードバックが起こるのは「悪口」「かげ口」だ。悪口千里を走る。かげ口万里を駆ける。社内での悪口は増幅し、再入力され、ついには悪口を言った人をも破壊する。

 社内だからと言って、遠慮しないで同僚の悪口を言うと必ず漏れるし、本人に伝わる。それがいずれ自分に対する悪口となり、威力倍増で舞い戻ってくる。従って一度でも悪口を言い合った社内の人間関係は、ほぼ修復不可能だと考えていい。

 だから筆者は入社以来、絶対に悪口を言わないと決めていた。飲みに行って、同僚や上司の悪口を相手が言っても、相づちすら絶対に打たなかった。相づちしただけで「悪口を言い出した」とすり替えが起こる恐れがあるからだ。飲んでいる間の出来事だから、誰も言っていないとは言えないし、相づちを打たなくても言ったといわれる可能性もあるが、筆者の場合はどんなに酔っていても相づちしなかったら、少なくとも言い出しっぺにはされなかった。

 「悪口じゃなくて、批判ならいいのでは」という意見があることも知っている。だが批判と悪口の間には、どちらとも言い切れないグレーゾーンが存在するのだ。こちらが批判のつもりでも向うが悪口に取ることもある。微妙な判断が必要だからこそ、悪口めいたムードには乗っからない方が無難なのだ。

 そのようなこじれた人間関係を社内外で何度も見てきた。その結果、たいていは両成敗に終わる。どちらとも正義を主張したとしても、だ。その度に「悪口に加わってはいけない」という決意を新たにしていた。

どうしても言いたいとき――筆者の場合

 結局退職するまで、“社内に限っては”この決意を守った。上司だけでなく部下に対する悪口も言わなかった。おそらく大学時代に、五味川純平原作の映画『人間の条件』を何度も観て、憎しみ合う職場環境の悲劇を知っていたから――かもしれない。

 しかし33年もの間、勤務を続けていれば、ぼやきの1つも叩きたくなるものだ。当然ではないか。ある時、同僚にひどい仕打ちを受け、怒りで煮えくり返ったまま帰宅したことがあった。その夜、ヨメサンに「同僚がいかにひどいか、許せないか」を一気にまくしたてたのである。

 こちらとしてもヨメサンが「そうね。あなたの言うとおりだわ」と簡単に同調するとは思っていなかった。ほかにぶつける人もいなかったし、ただぼやきを聞いてもらおうと思ったのだ。だがヨメサンは話が終わる前に、筆者を遮って「あなたは結婚する前に、絶対に社内の人の悪口を言わないって約束したのよ。その約束を破るの」と静かに言った。これはきつかった。

 「……そうだった。忘れるところだった。すまなかった」と滅多に謝ることのない筆者がヨメサンに頭を下げた瞬間だった。そうしたら、それまで腹が煮えくりかえっていたのがスーとおさまった。不思議なものである。


悪口言うべからず5カ条
No. 題目
1 誰かが誰かの悪口を言っても、相づちすらしない
2 同意を求められても、ダンマリを決め込む
3 悪口を言う方は、あなたの「こだま悪口」を待っている。“こだま”しなければ収束するはずだ
4 悪口に同意する仲間によってポジティブフィードバックが進む可能性もある。あなたが制止できる仲間であれば、「人の悪口は止めよう」と水を差そう
5 難しいのは上役が悪口の同意を求めて来る場合。その場合は話題を変えるのがいいだろう。話題変更用のストックを欠かすなよ

 どんな状況でも、社内の同僚の悪口は言ってはならない。挑発や誘いにも乗ってはならない。客先の悪口もビジネスパーソンとしては初めから失格。どんなポジティブフィードバックが返ってくるか分らないぞ。

ネガティブフィードバック/ポジティブフィードバックの別の意味

 実は「ネガティブフィードバック」や「ポジティブフィードバック」という言葉は、コーチングやコミュニケーション学などでも使われる。その場合の意味合いだが、ネガティブフィードバックは問題点(ネガティブな点)を、ポジティブフィードバックは長所(ポジティブな点)を指摘してあげることだったりする。本文とは異なるので注意しよう。


今回の教訓

ポジティブフィードバックしちゃう人、いるよね〜。


著者紹介 樋口健夫(ひぐち・たけお)

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 1946 年京都生まれ。大阪外大英語卒、三井物産入社。ナイジェリア(ヨルバ族名誉酋長に就任)、サウジアラビア、ベトナム駐在を経て、ネパール王国・カトマンドゥ事務所長を務め、2004年8月に三井物産を定年退職。在職中にアイデアマラソン発想法を考案。現在ノート数338冊、発想数26万3000個。現在、アイデアマラソン研究所長、大阪工業大学、筑波大学、電気通信大学、三重大学にて非常勤講師を務める。企業人材研修、全国小学校にネット利用のアイデアマラソンを提案中。著書に「金のアイデアを生む方法」(成美堂文庫)、「できる人のノート術」(PHP文庫)、「マラソンシステム」(日経BP社)、「稼ぐ人になるアイデアマラソン仕事術」(日科技連出版社)など。アイデアマラソンは、英語、タイ語、中国語、ヒンディ語、韓国語にて出版。「感動する科学体験100〜世界の不思議を楽しもう〜」(技術評論社)も監修した。「アイデアマラソン・スターター・キットfor airpen」といったグッズにも結実している。アイデアマラソンの公式サイトはこちら


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