好奇心を記録する――梅棹忠夫の「発見の手帳」知的生産の技術とセンス(2/2 ページ)

» 2014年12月12日 05時00分 公開
[堀正岳, まつもとあつし,Business Media 誠]
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大事なのは、「驚き」の感情

 発見というと、私たちはそれをこれまでに誰も見つけていない新事実の発見ととりちがえて、自分の感じたことや抱いた印象は発見ではないと決めつけ、尻込みしてしまいがちです。

 しかし、まず大事なことは世間でそれが知られているかではなく、自分自身がそれを知った、発見した、という驚きの感情です。それこそが、情報が自分にとって意味を持った瞬間といってもよいからです。

 例えば、私が日常で見つけた小さな発見を紹介します。私の専門分野は気象学、あるいは気候学ですが、気圧の単位には天気予報でもおなじみのヘクトパスカル(hPa)が用いられます。ヘクトとは“100”という意味ですので、元となる単位はパスカル(Pa)ということになります。

 このパスカルという単位が、フランスの思想家ブレーズ・パスカルの名前から来ていることも、彼が考案した気圧をめぐる歴史的な実験の功績によることも、歴史の授業で習うことができる情報にすぎません。

 私はパスカル自身に興味がありましたので、彼の伝記を読んで、この実験がフランス、クレルモン・フェラン近郊のピュイ・ド・ドームという山で行われたことを知っていたというよりも、図版に載っていたその乳房状の山の形を覚えていました。

(出典:キリン「ボルヴィック公式サイト」)

 あるとき、コンビニでミネラルウォーターの「ボルヴィック」を買った私は、ふとそのラベルのイラストが気になりました。取水地である山のイラストが、どうも図版で見覚えのあるピュイ・ド・ドームに似ているのです。調べてみると、果たして「ボルヴィック」の取水地はまさにパスカルの実験が行われたピュイ・ド・ドーム周辺であることが分かりました。

 もちろんこの情報は歴史上の新発見ではありませんし、どちらかというと雑学に類することにすぎません。しかし自分の専門分野と、自分の好みのミネラルウォーターという端点につながりがあるという発見は、私だけの個人的な驚きです。

 こうした驚きが、情報に対して個人的な意味を与えます。その驚きを共有してくれる人がいるなら、これは有用な知的生産ということになります。実際、このエピソードは私が一般向けに気象学の話をする際によく引き合いに出すもので、日常の中で気象学とつながりを感じていただくのに役立っています。この話題に触れた皆さんもまた、二度とあのラベルをそれまでと同じものとして見ることはできないでしょう。

著者プロフィール:

堀正岳(ほり・まさたけ)

1973年アメリカ・イリノイ州生まれ。理学博士。北極における温暖化の影響評価と海洋観測を中心とした研究活動をするかたわら、「ライフハックは人生を変える小さな習慣」をテーマに最新のライフハックや仕事術、ツールなどをブログ「Lifehacking.jp」で紹介。Evernote ライフスタイル アンバサダー。ScanSnapアンバサダー。著書に『できるポケット Evernote 基本&活用ワザ 完全ガイド』(共著)ほか多数。

まつもとあつし

1973年大阪府生まれ。ジャーナリスト・プロデューサー。ASCII.jp、ITmedia、ダ・ヴィンチなどに寄稿、連載。万博公園・民博のそばで生まれ育つ。著書に『ソーシャルゲームのすごい仕組み』(アスキー新書)、『LINE なぜ若者たちは無料通話&メールに飛びついたのか?』(マイナビ新書)ほか多数。東京大学大学院博士課程・DCM修士。


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