芥川賞『火花』おめでとー記念 文学賞を2倍楽しむ方法出版社のトイレで考えた本の話(2/4 ページ)

» 2015年08月21日 08時00分 公開
[堺文平ITmedia]

話題になってなんぼ!?

芥川賞を受賞した綿矢りさ氏『蹴りたい背中』は100万部以上売れた

 編集者という仕事柄、打ち合わせの前後に、本や書店、出版業界などに関する雑談となることも多いが、今回の芥川賞へのノミネート作品が発表された後には、4〜5回ほど芥川賞の話題になった。その際、筆者は「おそらく『火花』が受賞すると思います」と話していた。

 別に「ボクってすごいでしょ、目が肥えてるでしょ」とか言いたいわけではない。実際、小説も手がけた経験のある大手出版社の実用書編集者も、筆者が上のように話したとき「あ、それ、私も同じように考えてました」と言っていた。

 10年以上も前になるが、2004年1月発表の第130回芥川賞で、当時19歳の綿矢りさ氏『蹴りたい背中』と、同じく20歳の金原ひとみ氏『蛇にピアス』が同時受賞し、「史上最年少受賞」ともてはやされたことがあった。受賞効果もあって、『蹴りたい背中』はぐんぐん売り上げを伸ばし、100万部を超えるベストセラーに。『蛇にピアス』も60万部以上を売り上げた。

 個人的にはこのあたりで、現代における「文学賞の本質」の一端が垣間見えたように思った。それはつまり「話題になってなんぼ」ということだ。

 当時、そのことを、まるで何かを新発見したように編集長に話したら「気づくの遅すぎだろ?」と言われたついでに「そういえばお前、最近、定時ギリギリ出社が多くないか? もっと早く来い!」とまったく関係ないことで怒られた覚えがある。そんなわけで、筆者は綿矢りさ・金原ひとみの両氏にはいい思い出がない。

 そもそも、文藝春秋社の創業者で、芥川賞・直木賞を創設した小説家・菊池寛も「芥川賞・直木賞などは、半分は雑誌の宣伝(のため)にやっているのだ」と話している。多くの文学賞は、こうした側面も確実に持っている。ちなみに「あとの半分」は、菊池の盟友であった芥川龍之介・直木三十五の名を顕彰し、若手の台頭を助けるためとのことである。なお、両賞を主催する日本文学振興会は、文藝春秋の社内にあり、候補作の絞り込みや事務局機能は実質的に同社の社員が担っている。

 これらのことは『火花』が内容的にどうかということとは、ちょっと次元の違う話である。筆者も実際に読んでみたが、淡々とした描写の中に、漫才師である主人公の「僕」と先輩芸人との関西弁のやりとりが小気味よく入り、思ったより楽しんで読めた。ボリュームも150ページ弱なので、それほど重たくない。筆者自身が関西出身というのもあって、「お笑い」と「関西弁」の2つに親近感があったことも好印象の原因だと思うが、読み手によっては好き嫌いがありそうな文章だと感じた。

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