さて、このような世界観を簡単に理解した上で、今回は機動戦士ガンダムなどの宇宙世紀を舞台にした作品から、「ガンダム世界におけるインフレ」について考えたい。
後述するように戦争はインフレの呼び水であり、ガンダムの世界でもインフレが生じていたと考えるのが妥当だろう。通貨単位はハイトやクール(「機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争」)、セント(「機動戦士Zガンダム」)、ギラ(「機動戦士ガンダムZZ」)が確認されており、地域通貨が存在しているのかもしれない。
作品中ではMSの脱出ポッド回収の報酬が1000ギラ(「機動戦士ガンダムZZ」第2話「シャングリラの少年」)となっている。これを見るに、例えば、紙幣の山でやっとパン1斤が買える、ジンバブエで実際に発行された100兆ジンバブエドル札のような桁数が多い紙幣が必要になるハイパーインフレーションではないことが分かる。戦禍は甚大であったが、貨幣経済は混乱していないようだ。
具体的な考察に入る前に、まずインフレのメカニズムについて触れておこう。
戦争によるインフレの発生原因として、金融面では、軍事費を賄うための財政支出の増大とそれに伴う国債発行の増加、中央銀行による国債引受け(財政ファイナンス)、民間部門の資金協力(銃後からの支援として国債購入が呼び掛けられる)、支配地域での軍票(軍による代替通貨)の発行などが挙げられる。通貨供給の急増がインフレを発生させるのだ。
古典的なフィッシャーの交換方程式では、
MV=PT
M:通貨供給量
V:通貨の流通速度(一定期間に貨幣が何回転するか)
P:物価水準
T:一定期間の財・サービスの取引量
であり、単純化すれば通貨供給量(M)が大きく増加した場合、一定期間の取引量(T)の増加には限りがあるので、物価(P)の上昇が予想される。なお、経済学では予想よりも期待という単語を使うことが一般的である。
物価の上昇が期待されると、皆が買い急ぐことになるので、貨幣の流通速度(V)が上昇し、インフレが加速するという悪循環に陥る。物価が上昇するという期待や、実際に上がり始めることで、インフレ期待が強化されることがポイントになる。
ちなみに、この方程式を基に、安倍晋三首相はリフレ派を重用、日本銀行は異次元緩和を導入したが、バブル崩壊後、長期間経済が低迷していたことから、根強いデフレマインドが存在し、物価の上昇期待が生まれなかった。このため、通貨の供給量を増やしても、流通速度の低下がこれを相殺し、目立った効果は得られていない。事前に想定しなかったのだろうか……。
次に実体経済から見たインフレの原因を考えたい。戦争は大量の武器弾薬を製造し、瞬く間に消費する。燃料等の資源の消費も莫大なものになり、大規模な需要が生じる。
また、生産(特に民需物資の生産)が阻害されるという供給側の悪影響もインフレにつながる。民需物資から軍需物資への生産傾斜、働き盛りの労働者の軍事部門へのシフト、熟練工の徴用による生産効率の低下、工場やインフラが破壊されることによる生産の減少などがインフレをもたらす。
生産設備やインフラの破壊は大抵の場合、開戦当初よりは戦争終盤に集中する。第一次世界大戦のドイツや第二次世界大戦の日本がそうした実例で、戦後は深刻なインフレが生じた。
戦後は物価統制が困難になるという問題もある。敗戦国ほど悲惨な状況にはならなかったが、第二次世界大戦後の米国でも、ピーク時には10%を超えるインフレが発生している。
それでは、戦争によるインフレの発生原因を確認したところで、ガンダムの宇宙世紀のインフレが深刻な事態にならなかった理由を考えたい。
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