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ガンダムの宇宙世紀でインフレは起きたのか?【新連載】元日銀マン・鈴木卓実の「ガンダム経済学」(5/5 ページ)

» 2018年09月20日 06時30分 公開
[鈴木卓実ITmedia]
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軍票の未発行

 続いて、金融面での考察である。

 地球上での戦闘が泥沼の長期戦となれば、事情は異なっただろうが、「機動戦士ガンダム」(第13話「再会、母よ…」)を見る限りでは、軍票ではなく硬貨で支払っている(態度は悪いが……)。戦争が1年という短期で終結したため、軍票の発行がなく、現預金による支払い慣行が維持されたのだろう。

 太平洋戦争時、日本軍占領下では物資等の調達のため、特に東南アジアにおいて軍票が乱発され、インフレ率は本土を上回った。軍票は当初は、現地通貨と等価で発行され、軍制が整い次第、現地通貨で回収する計画であったが、戦争の長期化や資源調達を急いだことから際限のない発行に陥った。この点、日本銀行は「南方ニ於ケルインフレーシヨンノ問題」(昭和18年12月9日)という資料をまとめているが、軍部を止めようもなかった。

 宇宙世紀の戦争では、兵器や必要な物資が高度化し、現地調達の余地が限られる点も軍票の発行抑制につながる。

債務整理

 コロニー落としや開戦初期の戦闘を利用して、ジオン公国は債権者を抹殺した可能性がある。ジオン公国として国債を発行していなければ急速な軍備拡張は難しかっただろうし、ジオン独立前のサイド3時代に発行した地方債を踏み倒さず、債務承継していたことも考えられる。

 全ての債権者とはいかないだろうが、債権者がいなくなれば、元本の償還も利払いもなくなり、債券を担保にした資金調達・通貨供給量の増加もなくなる。急激な人口の減少により債券保有者の相続人が不在となることも多々あっただろう。究極の債務整理だ。これには地球連邦政府も助けられたのかもしれない。実際、江戸時代にも大名貸しで不幸な結末を迎えた商家があった。

占領政策・戦後政策の奏功

 総力戦を行ったジオン公国では深刻なインフレが懸念されるが、地球連邦政府の占領政策次第では、インフレはコントロール可能な範囲に抑え込める。ジオン公国が独自通貨を発行していた場合は、速やかに地球連邦通貨との交換レートを固定することで、通貨の信用を維持しインフレ期待を抑制できる。固定相場を使用しない場合でも、一年戦争後に誕生したジオン共和国は、金やレアメタルを裏付けとした通貨制度を採用すれば、インフレ期待を抑制できるだろう。

 歴史を振り返ると、第一次世界大戦後、連合国が懲罰的な賠償を課したことで、ドイツは金が国外に流出した。戦禍による生産能力の低下と、通貨の信用が棄損されたことによる負の相乗効果でハイパーインフレーションが生じ、経済の混乱と社会不安がナチス台頭の苗床となった。ガンダムの世界においては、歴史から学び、経済学的に正しい占領政策・戦後政策が奏功した可能性に期待したい。

戦争によってハイパーインフレーションが生じやすい(写真提供:ゲッティイメージズ) 戦争によってハイパーインフレーションが生じやすい(写真提供:ゲッティイメージズ)

 インフレが生じる理由は、需要と供給、そして通貨供給量と通貨の信用というシンプルな形に整理すると分かりやすい。人口の減少で需要が減り、供給面では、限定的な労働力のシフトやリサイクルシステムの発展、技術進歩による生産性向上が、労働力や生産設備の減少を部分的にせよ補った。

 軍票が発行されなかったことや強制的な債務整理が通貨供給量の無尽蔵な増加を防いだ。通貨の信用が維持されるような占領政策・戦後政策が採られた可能性がある。

 これらの理由から、ガンダムの世界では、インフレは生じていても経済の混乱には至らない水準であったと推測できる。戦争という特異・極端な環境であるほど、経済学から見えてくるものは多くなるのかもしれない。

著者プロフィール

鈴木卓実(すずき・たくみ)

たくみ総合研究所・代表。エコノミスト、睡眠健康指導士。ガンダムと同じ年齢(1979年生まれ)。新潟生まれ仙台育ち。仙台育英学園高等学校出身。地元での仮面浪人を経て、慶應義塾大学総合政策学部を卒業。2003年、日本銀行に入行後は、産業調査や金融機関モニタリング、統計作成等に従事。2018年より現職。経済家庭教師や各種セミナー(個人向け、企業向け)、経済・金融や健康リテラシー向上のための執筆、アドバイザーなどを通じて情報発信を行う。


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