マーケティング・シンカ論

「DXを進めた意識はなかった」日産レンタカーが、すごいアプリを作れたワケきっかけは?(3/4 ページ)

» 2022年01月19日 07時00分 公開
[小林泰平ITmedia]

岡本: 構想からリリースまでは3年ほど費やしていますが、実際の開発期間は8カ月ほどでしたよね。最初、ご無理を言って「8カ月後のリリースを目指したい」と伝えたら、「成功確率は2割です」というお話をいただいて(笑)。

 ただ、当時もお話ししましたが、一発で良いアプリができるとは思っておらず、短期改善を繰り返していこうと考えていました。

小林: 僕も同じ考えで、自動車などの命に関わる商品は100%の品質が必要ですが、ソフトウェアは70%、80%でもリリースして、フィードバックを受けながら改善することが大事です。「ソフトウェアに一生、完成形はない」という前提が大切ですよね。

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岡本: 成功しているソフトウェアの多くはその手法で作られていますからね。ただ誤解してはいけないのは、どんなにリリースが遅れても絶対落としてはいけない機能があることです。その見極めを企業側ができるか。

 ここを間違えれば、この時代に使われるアプリにはなりません。今は価値がないと判断されたアプリはすぐにアンインストールされますから。私もよく自分のスマホで削除するので、実体験として分かっています(笑)。

小林: ユーザーにとって不可欠な機能なのか、それとも納期優先で実装を先送りしてもよい機能なのか、正しく区別することですよね。その見極めを行うにも、最初の顧客体験を突き詰めることが生きてくると思います。

岡本: その他、大変だったのは、社内のレガシーシステムとのつなぎ込みです。基幹システムは30年、40年と秘伝のタレのようにつないでいるので、現代のクラウドサービスと連携させるのは難しかったですね。アーキテクチャが3、4世代前のものがあったり、今となってはソースコードを把握するエンジニアがほぼいないシステムもあったり……。

小林: 昔はエンジニアがフレームワークをカスタマイズするのが当たり前の時代で、共有もされていなかった。同じ悩みを持つ企業は多いと思います。

岡本: かたや今はSaaSシステムにほぼ乗っかる時代なので、オールドな仕組みと今の仕組みのアジャストは本当に大変な部分でした。

意思決定者が「デジタル好き」だからこそ、アプリの違和感が分かる

小林: アプリをリリースしての反応はどうでしたか。

岡本: リリースからまだ5カ月ほど(21年9月時点)なので、これからですね。アプリ利用者は、お客さま全体の1割ほど。セルフチェックインはアプリより先にブラウザで立ち上がっており、利用者数の増え方も先行しているので、アプリもこれから追随していくと考えています。

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小林: このプロジェクトで大切なのは、意思決定者である岡本さんが「デジタル好き」だったことではないでしょうか。岡本さんは、よくJR東海の「スマートEX」の利便性などを話されていましたが、日ごろからアプリを使ってデジタルに慣れ親しんでいるからこそ、わずかな違和感や使いづらさ、アプリごとの差が分かっていますよね。

岡本: 確かにアプリやデジタルが好きな部類だとは思いますね。スマートEXは3年ほど前から使い始めましたが、いいアプリだと思いましたし、何よりすごいのは回数券に勝ったことですよね。

 僕らサラリーマンは回数券が好きなんです。出張費を少しでも安くするために(笑)。ただ、スマートEXは利便性が高く、安さ以上のメリットを生んだため、回数券から置き換わり始めた。しかも若干の割引はありますが、スマートEXはほぼ定価販売ですよね。回数券より単価を上げて、しかも直販になるため間接フィーも削減される。それをアプリで実現したのは大きなことだと思っています。

小林: そこまで岡本さんがアプリに親しんでいるからこそ、自社のアプリ開発でも大切な機能と捨ててよい機能が見えてきますよね。例えばアプリを使う人なら、動きが重くなるのは致命傷だと分かっていますし、そのために動作スピードは最優先事項にする。その感覚を意思決定者が持っていることはとても大切だと感じました。

岡本: どんな社内事情があろうと、お客さまの受ける体験が全てなんですよね。伝わらないメッセージは1円の価値もありません。もともと10年以上マーケティングをやっていたことも、その考えに影響しているのかもしれません。

小林: では最後に、今後の展開についても教えてください。

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