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» 2005年08月24日 17時21分 UPDATE

太鼓叩きの文化にもオープンソース問題 (1/3)

北米の太鼓奏者とオープンソースソフトウェア開発者は、実は共通の問題に直面し、それに頭を悩ませている同志である。両者に共通する問題とは、特許であり、改良点の共有である。

[Jay-Lyman,japan.linux.com]

 ぴんと張られた太鼓の皮へ奏者の全身から繰り出されるバチの動きは、鍵盤を叩く指の動きとは比べものにならないほど優美で力強い。だが、北米の太鼓奏者とオープンソースソフトウェア開発者は、実は共通の問題に直面し、それに頭を悩ませている同志でもある。両者に共通する問題とは、特許であり、改良点の共有である。

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 現に、太鼓奏者とその指導者の間には、太鼓のオープンソース化を推進しようとする動きがあり、すでに独自の運動歌まで作られている。『おみやげ』もそうした曲の1つで、芸術としての太鼓演奏が日本の歌舞伎や祭り太鼓から生まれたことにちなみ、日本語の曲名をつけている。

 「まったく新しい運動というわけでもありません」と、『おみやげ』の作曲者であり、ロサンゼルスのOn EnsembleTaiko Projectで太鼓奏者を努めているShoji Kameda氏は言う。「要するに、オープン性とコミュニティー意識の継続ですね。オープンソースソフトウェア運動を参考にしています」

口伝の曲をFOSSでコード化

 「太鼓コミュニティーにはオープンソースの考え方が昔からありました」とKameda氏は言う。太鼓の世界では曲が共有され、新米奏者には「ドン・カラ・カ」のように打ち方が口伝えで教えられていた。

 「たとえば、Kinnara Taiko(緊那羅太鼓)というグループがあります。北米太鼓グループの先駆けとも言うべき存在で、ここでは求める人には分け隔てなく『アシラ』という曲を教えていました。いまでは、多くのグループがこれの独自バージョンを演奏するようになっています。もっと最近では、P. J. Hirabayasiが『ええじゃないか』という太鼓と踊りの曲を書いています。これは北米太鼓コミュニティー(NATC)全体が共有する曲で、まさにオープンソース曲と言ってよいでしょう。また、Taiko Projectの演奏会では、最後に必ず『おみやげ』をやります。これは、訪れたコミュニティーへわたしたちからのお土産として残していきたいという思いからです。Bryan Yamani氏の発案でしたが、背後には、他家を訪れるときはお土産を持参するという日本の習慣があります。Kris(Bergstrom、On Ensembleメンバー)とわたしがNATCでやったことは、太鼓コミュニティーに受け継がれてほしいこの理想を、FOSSコミュニティーの言語を使うことで強化し、コード化することでした」

 Bergstrom氏はOn EnsembleのWebサイト運営者である。古びたハードウェアとLinuxを使い、サイトを維持している。自らが所属するOn Ensemble用に1編のエッセイを書いた。それがいま北米太鼓コミュニティー全体に注目され、読まれている。

 「On Ensemble内部での話し合いの材料にでもなればと思って書きました」とBergstrom氏は言う。「あれ以後、曲の共有についてグループの方針がまとまってきて、われわれのスタンスを外部に説明するために、ちょっと書き直しが必要になりました。ついでに、On Ensembleの新しいアルバムをCreative Commonsライセンスのもとで出すことについての説明にもなれば、と思っています。書き終えたら、なるべく多くの人に読んでもらって、フィードバックを得たいですね」

 「所有と(自由な)共有の問題は、太鼓コミュニティーだけでなく、あらゆるクリエイターにとって座視できない重大問題です。著作権や特許もそこに含まれるわけですから、アーティストとしては絶対に無視できません。これに真剣に取り組んでいる太鼓コミュニティーの姿勢は、わたしには感動ものです。広範な話し合いを経て、世論が中央統制から共有の拡大へ向かってくれれば言うことがありません。自由文化の擁護者が増えてくれることを望んでいます」

 Bergstrom氏にフリー/オープンソースソフトウェアへの関心が芽生え、太鼓など諸分野への適用が気になりはじめたのは、スタンフォード大学時代、音楽・音響学コンピュータ研究センターのいくつかのクラスで、Linuxを使いはじめたことがきっかけだった。

 「当時、まず感銘を受けたのは、このソフトウェアの技術的すばらしさでした」とBergstrom氏は言う。「プロプライエタリ製品にはとうていできないことができましたから。やがて、GNU GPLの考え方を学んで、これだけ多くの人々が緩やかに結び合い、協調しながらこれだけのものを生み出せたという事実に驚き、興奮しました。ソフトウェア自体にも増して、フリーソフトウェアという考え方がすばらしいと思いました。それからは、何をする場合でも、この考え方をなんとか適用できないものかと考えるようになりました。たとえば、音楽家としてのわたしには、自分の書いた曲が万人に共有され、社会全体に1つの慰めを与えられれば最高です。結局、わたしは心の底からの自由文化愛好者/擁護者なのだと思います。わたしにとって、創造的社会に参加するための道が音楽なのだと思います」

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