生活者の領域にまで進出した貨幣のデジタル化生活経済におけるデジタル諸相2[貨幣のデジタル化とデジタルエコノミー] 第2回

デジタルエコノミーの今後を見ていく上で、その歴史を振り返る必要がある。そこで、貨幣のデジタル化について簡単に整理してみたい。

» 2006年08月16日 08時00分 公開
[成川泰教(NEC総研),アイティセレクト編集部]

 電子マネー(あるいはデジタルマネー)というものは、そもそも数量価値である貨幣をデジタルデータとして扱うところに本質がある。その考え方は決して最近になって出てきたものではない。

起源は「計算機」時代

 電子マネーという言葉自体は、インターネット普及期の1990年代後半に一時注目を集めた。当時、EC時代の主要な決済手段(すなわち通貨)としてのポジションを目指して、海外でモンデックス、国内ではビットキャッシュなどのサービスが立ち上がった。これらの電子マネーは現在もなお存続してはいるが、その後ECが急拡大したことと比較してみると、その試みが必ずしも十分な成果を挙げていないのは明らかだ。しかし、この例でさえ、貨幣のデジタル化の歴史においては比較的新しい出来事なのである。なぜなら、その歴史の起源はコンピュータが計算機と呼ばれた時代にまでさかのぼるからだ。

 コンピュータは当初、弾道計算などの科学技術開発の分野で用いられた。20世紀後半に入ると、IBMなどの参入で産業・商業用に商品化されるようになった。それが、産業活動の基本である金銭計算の分野に用いられるようになるまでには、大して時間はかからなかった。これこそが貨幣のデジタル化の始まりにほかならないのである。その現場は、もちろん金融機関、すなわち銀行である。

 20世紀半ばまで、銀行のすべての業務は紙と鉛筆とソロバンで成り立っていた。商業用のコンピュータ(計算機)の誕生は、そうした行内業務を一変させた。支店内の帳簿は次々と磁気テープに置き代わっていった。65年から90年代まで合計3回にわたって推進された「オンライン化」の波は、同時期の経済成長になくてはならない動きであり、貨幣をデジタル化することの本質を決定的に社会の前に現出させたのである。

 第1次オンラインが始まり行内業務の効率化を目指した行内ネットワークが構築されると、それは即座に銀行内ネットワークを形成し、あっという間に地銀ネットや全銀ネットなど銀行間ネットワークに発展した。続く第2次、第3次オンライン化では、さらなる合理化とともに顧客サービスの向上をも視野に入れた形で進められた。ATMや総合口座などが常識化する一方、一般企業の給与自動振込やクレジットカードなどのサービスとも結び付き、折からの金融自由化の流れにも対応する形でサービスは多様化していった。

POSの普及で一般に広まる

 こうした流れは金融機関だけなく、一般企業の会計にかかわる領域でも数年遅れる形で相似的に展開され、調達・販売の双方で普及していった。とりわけ重要なのは80年代に入って本格化したPOSシステムの普及だろう。これにより、一般消費者が店員に現金を手渡したすぐ目の前で、その貨幣がデジタル化され、ネットワークを通じて本社システムに計上されるという時代になった。

 そして、インターネットの出現と普及により、その領域にはさらなる革命がもたらされた。インターネットバンキングやインターネット証券は金融機関の店舗の機能を、ECは販売店舗を、それぞれそのまま家庭に持ち込んだ。「居ながらにして」が実現される基盤として、貨幣のデジタル化は欠かせない要素となっているのである。

 インターネットバンキングの口座数については明確な統計がいまだに存在していないが、インターネット証券の口座数は、3月に総計1000万口座を突破した。このような状況の中で、モバイルインターネットの拡大にも合わせ、貨幣のデジタル化のさらなるサービスとして出現しているのが、いま話題の電子マネーということになる。

 こうして考えてみると、情報システムの普及が企業の中枢から店舗などのフロントへ、さらにはそれが生活者にまで広がってきていることに合わせて、貨幣のデジタル化も収入会計から決済までその領域を広げていることが分かる(「月刊アイティセレクト」掲載中の好評連載「新世紀情報社会の春秋 第五回」より。ウェブ用に再編集した)。

成川泰教(なりかわ・やすのり)

株式会社NEC総研 調査グループチーフアナリスト

1964年和歌山県生まれ。88年NEC入社。経営企画部門を中心にさまざまな業務に従事し、2004年より現職。デバイスからソフトウェア、サービスに至る幅広いIT市場動向の分析を手がけている。趣味は音楽、インターネット、散歩。


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