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» 2006年10月17日 07時00分 UPDATE

夢工房を追う 第2回:W-ZERO3の仕掛け人が、あの行列の朝を振り返る (1/3)

今となっては「勝ち組」となったW-ZERO3だが、企画が立ち上がった当初はウィルコム社内においても、その売れ行きを疑問視する声が少なくなかった。「あの盛り上がりは、狙ってできるものではない」と製品担当者が発売時の舞台裏を明かす。

[三浦優子,ITmedia]

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 昨年12月の発売以来、好調な売れ行きを続けているのがウィルコムの「W-ZERO3シリーズ」だ。1台でPHS通信機能と情報機器としての機能をあわせ持ち、ノートパソコンよりももっと気軽に持ち歩くことができるコンセプトが理解され、発売当初は品切れとなるほど人気商品となった。このヒットが実現したのは、どんな秘密があるのか。ウィルコムの製品担当者に、その開発秘話を聞いた。

最高のタイミングで発売

 2006年は、「スマートフォン」と呼ばれる情報機器としての実質的な携帯電話元年となった。既に海外で販売されていた製品の日本での販売も始まったが、日本のスマートフォン市場を開拓したのは海外製品ではない。日本市場を切り開いたのは、ウィルコムの「W-ZERO3」であることは誰の目から見ても明らかだろう。

 今となっては、「勝ち組」となったW-ZERO3だが、企画が立ち上がった当初はウィルコム社内においても、その売れ行きを疑問視する声が少なくなかった。

 それは、ウィルコムが提供するPHSをはじめ、携帯電話の市場規模に比べると、PDAのような小型の情報端末は、ファンの多さのわりに、市場規模が小さいからだ。多くの製品が登場しては消え、現在では特定業務用途でのみ使われているハードウェアも多い。コンシューマー用に売られている製品でも、新製品はほとんど登場しなくなってしまったものもある。そうした現実から、担当であるウィルコム営業開発部 企画マーケティンググループ課長補佐の須永康弘氏に対しても、反対意見こそなかったものの、厳しい意見はあがった。

 「お前はPDAの市場規模が分かっているのか?と意見されたこともあります」

 そんな声にも、須永氏はめげなかった。音声でやり取りする電話からすれば、搭載されていて当然の機能がPDAには欠けている。それを実現させたPDAであれば、十分に受け入れられるという自信があったからだ。

須永康弘氏 ウィルコム営業開発部 企画マーケティンググループ課長補佐の須永康弘氏

 「W-ZERO3は、絶好のタイミングで発売できると考えました。PDAは携帯電話が普及していない時代に出てきた商品。それに対して、W-ZERO3はPDAには実現できていなかった通信機能を搭載した最初の商品です。この機能の違いを理解してくれるユーザーは必ずいると確信していました。なぜなら、現代のユーザーは携帯電話を使いこなしている。W-ZERO3に対しては以前のPDAとは違う反響があると確信していました」

 須永氏の読みは見事に当たった。W-ZERO3発売日には、予約販売だったにもかかわらず多くの人が並んで商品を購入する騒ぎになったのだ。

zero3.jpg ビックカメラ有楽町店では、朝9時から200人もの行列ができた。

予想を超えた反響となった発売日

 W-ZERO3の発売日にまつわる面白いエピソードがある。発売日直前になって、ウィルコムの八剱洋一郎社長が、「発売日に来てくれたお客さんに直接お礼がしたい。店頭に来てくれたお客さんに自分がグッズを配布する」と言い出した。これを聞いて焦ったのが、須永氏をはじめとするスタッフだった。

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