第2回 組織知性とパフォーマンスマネジメントビジネスインテリジェンスの新潮流 〜パフォーマンス マネジメント〜(3/3 ページ)

» 2007年10月23日 20時45分 公開
[米野宏明(マイクロソフト),ITmedia]
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社員の共通言語としての戦略

 もちろん、個々の異なる経験すべてをあらかじめ相互理解するのは、まず無理だ。たとえ同じ組織に属していたとしても、育ってきた環境や学習した内容、性格による行動パターンの違いなどが、経験の差に影響を与えるのであり、一卵性双生児でもない限り、お互いの背景を正しく理解することはできない。しかし、特定の活動に焦点を絞り込めば、その活動の中で共同作業をする個人同士が、その活動に役立つ独自の知識や経験を持ち寄ることはできるだろう。その際に重要となるのが共通言語、すなわち、その活動において両者が共通して目指すゴールとそのプロセス、つまり戦略だ。

 事業会社であれば、「利益の獲得」がその組織の最終ゴールである。その利益獲得のためには「売上の向上」や「コストの削減」が必要だが、そのために新製品を開発したり、コールセンターでサポートしたり、従業員の教育をしたり、さまざまな部門でさまざまな活動が行われる。これらの活動は本来最終目的の利益の獲得のために行われているが、それぞれの活動におけるゴールにばかり目が行き、部分最適になりがちだ。何のために従業員トレーニングを提供しているのか、何のためにコールセンターの問い合わせ即答率を上げているのか、ぼやけてくる。だから、全体戦略の共有が重要なのだ。

 戦略を共有するための手段はいろいろとあるだろうが、バランススコアカードの「戦略マップ」もその有効な手段の一つだ。以下は、標準的な目標群と、その目標の達成度合いを測るための「主要業績評価指標」(KPI)を組み合わせたサンプルである。

事業会社におけるさまざまな目標およびその評価指標と相関関係

 バランススコアカードでは、戦略を大きく「4つの視点」に分けて考える。事業会社の最終目標は財務的なゴール達成であるはずなので「財務の視点」が最上位に来る。その財務的目標群を達成するためには差別化要因ともなる顧客への価値提案を示す「顧客の視点」、そしてそれらをもたらすための卓越した業務プロセスやビジネスモデルを示す「ビジネスプロセスの視点」、人材やインフラを示す「学習と成長の視点」が続く。それぞれの視点には、その視点において達成したい目標を配置し、それらの因果関係を矢印で結んでいく。例えば、「従業員のモチベーション向上」が「個人の成長」を促し、その結果「リードタイムの短縮」が達成され、それにより「新規顧客の獲得」を通じて「売上の向上」が実現され、「資本効率の向上」が達成される、という具合だ。

 この戦略マップにより、各個人は、自分の携わる業務が何のために行われているのかを理解することができる。「主要製品納品のリードタイム」に責任を持つ個人は、自らの活動が「新規顧客の獲得」に影響を与えること、および「個人の成長」から影響を与えられることを理解できる。そうすれば自然に、自分が誰と何をしなければならないのか分るはずだ。「個人の成長」が達成できなければやがては自分の活動にも影響が及ぶから、トレーニング担当者と共同で、納品に関わる従業員のニーズをくみ取って受講率を高めるための施策を考えるだろう。やむを得ない事情で納品リードタイムが長くなってしまう場合には、営業担当と相談し、新規顧客獲得の手段やサイクルを変え、売上への影響をできるだけ少なくしようとするだろう。この戦略マップがなければ、各担当は自らの目標における部分最適を考えるため、最終的な財務目標の達成につながらない行動を起こす可能性がある。納品のリードタイムを短縮することを至上命題とするあまりに、従業員への負荷を強いることになったり、提案をしておきながら商品が間に合わず機会損失を被ったり、といったことが起こり得る。

 バランススコアカードという経営手法については、既存の予算や人材評価プロセスとの関係性など複雑な要因があり、決して普及しているとは言い切れない状況にあるが、戦略を視覚化し共有するためのツールとしての戦略マップは、それ単体でも非常に有用な道具だ。

 このように、戦略を共有することは、まったく異なる業務に携わる個人が、お互いの目標や背景を理解することに大きく役立つ。お互いの目標や背景が理解できれば、自分の持つ経験や知識を、相手の事情に合わせた情報として提供できるようになる。また、そのようにして特定の活動に集約される情報は、その活動という共通の背景のもとに再編されることになるため、類似の活動を検討する他の個人にとっては、大変有意義なナレッジベースとなる。

戦略に沿った行動を促すパフォーマンスマネジメント

 経験そのものを共有することはできないが、経験のもたらす一つの成果である知識を、戦略を中心に並べ替えることで、共有することができるようになる。その上でなされる意思決定は、個人固有の経験に基づく意思決定よりも、断然クオリティが高くなるはずだ。

 これが「パフォーマンスマネジメント」の本質だと考えている。パフォーマンスマネジメントは、ここ1〜2年で露出が増えてきたマネジメント手法で、接頭語として「コーポレート」や「ビジネス」、「エンタープライズ」などが入り、主としてITツールを用いた業績情報の管理手法、BIに属するソリューション分野として扱われる。

 しかし、パフォーマンスマネジメントがそのまま「業績管理」と訳されることが多く、また最近同様に使われ始めた「見える化」という言葉も併せ、パフォーマンスマネジメントの本質をぼやけさせていることが多いように感じる。前回も述べたように、経営者が現場のKPIを信号化して見ること自体に価値はない。戦略は、戦略マップのような方法を使ってトップダウンで伝達すべきだが、それは戦略に沿った適切な行動を促すための手段であり、従業員が戦略に沿って活動しているかを監視するための道具ではない。目標とゴールの握りは上司と部下の間で行われるものであって、上司のそのまた上司と約束するものではないからだ。約束もしていない相手から逐一行動を監視されたら、誰だってやる気を失うだろう。

 パフォーマンスマネジメントは、本来行動分析学で用いられる言葉で、成果を出せない人の素質や努力不足に原因を求めるのではなく、成果を出すべき行動を促すことに着目するものだ。もちろんBIにおけるパフォーマンスマネジメントも同じことである。成果を出せないことのみを問題視すれば、自然とその人の素養や努力に目が向き、成果主義への過度な傾倒が起きる。しかし、戦略の共有を通じて、成果を出すべき行動を従業員自らが自然に起こしていく仕掛けを作ることで、自ら担当しない目標やKPIに対しても意識が向上し、組織全体のパフォーマンスをレベルアップすることができるのだ。

 次回はこのパフォーマンスマネジメント実現のためのシステムのあり方について触れてみたい。

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