人を育てる地方IT振興策――「調達」より「創る」闘うマネジャー

ITコストの低減と地場IT企業の振興を並行して進めてきた「ながさきITモデル」だが、8年間の成果を踏まえて、他の自治体にプレゼン巡業を行っている。そこでぶつかる考え方の違いとは。

» 2009年08月17日 09時00分 公開
[島村秀世,ITmedia]

「地産地消型」地場IT振興策とは?

 以前からこのコラムで書いてきたが、長崎県庁のシステムは、そのほとんどを地場ITベンダーが作成する方式で進めている。ハードもメーカー製をやめてホワイトボックス系とし、地場ITベンダーが構築する方式にした。財政力が脆弱でかつ民間需要も低い地方県では、このような地産地消型地場IT振興策を推進しないと、地場企業は中央の下請けにとどまり、自立はおろか人材育成も進まなくなってしまうからだ。

 無理を承知で強引にやってきたが、8年間もたつと成果が出る一方で「この後どうする?」という新たな課題も見え隠れする。そこで、各県を訪問し、長崎県のシステムをデモさせてもらうという活動を3年ほど前からさせてもらっている。当初は、地場企業のプレゼン能力を高めるための活動であったが、最近は他自治体の開発案件を長崎地場がこなすことで、実績と知名度を上げ、最終顧客から直接開発を依頼される企業に育ってもらうことを目的としている。

 相撲の巡業のようなものだが、自治体をまわると思わぬ違いに出くわす。各自治体ともシステム開発を「調達」ととらえているのだ。長崎県庁ではシステムは「地場に手伝ってもらいながら創るもの」だが、他自治体では「調達するもの」としか思っていなかったりする。

 調達とは、「必要なものを使える状態にする」という意味であり、要件さえ満たせば、あとは価格だけということと同じだ。そこには、地域振興という考えはなく、むしろリスクの少ない大手を採用するのが当たり前という空気さえ生まれる。

 加えて、調達は、「たまたま、人事異動で情報部門に入ってしまったが、自身は単なる事務職員であり、システムのことなどサッパリ分からない」という職員の本音に極めてよく合致する。調達においては、要件チェックこそ職員が行うものの、完成責任は業者にあり、発注側にはないとされているからだ。

「調達」と「創る」はどこから違ってくるのか

 住民向けシステムである公共施設予約システムを例にとった場合、「調達」と「地場に手伝ってもらいながら創る」では何が違ってくるのか考えてみたい。

<調達の場合>

(1)どのような機能がそもそも必要か分からないので、メーカーの方々などに手伝ってもらいながら、システムの機能要件とハード要件をまとめる。

(2)4年程度をリース期間とし、ハードとセットで構築を行う一般競争入札もしくは総合評価落札方式でシステムを調達する。

(3)システムを使用していく中で、住民から「使い勝手が悪い」、施設管理者から「機能が不足している」など、数々の改善要望が寄せられる。

(4)リース終了前に、現システムの入札仕様書をベースにして、新たに(2)を行う。

(5)上記(3)を繰り返す。

<地場企業に手伝ってもらいながら創る場合>

(1)〜(3)までは、発注側である県庁にも、開発側である地場にも実績と経験がないので、上記とほぼ同様。

(4)自らを住民とし、「使い勝手が悪い」部分を検証する。次に、自らを施設管理者とし、「機能として不足している」部分を検証する。そして、寄せられていた改善要望に大まかな優先順位をつける。

(5)地場のWebデザイナーに手伝ってもらいながら、新たな、あるべき操作画面をデザイン(設計)する。

(6)県庁の中で新たな操作画面をレビューし、担当者の思い込みや独りよがりを排除しつつ操作画面を推敲する。

(7)地場のSEに手伝ってもらいながら、DBを設計し、操作性と機能をより具体化する。

(8)操作性において重要な部分、および機能として重要な部分のプロトタイプを作成し、実現に向けた検証を行う。

(9)操作画面とDBをベースに、地場のSEに手伝ってもらいながら、詳細な設計書を作成する。

(10)利用者側システム、管理者側システムなどに分割して、一般競争入札を行う。

 ここまで読んでくると、「な〜んだ。出だしは同じようなもんだし、リース終了後、新たにシステムを手配するのに、こんなに面倒では大変なだけじゃないか!」という読者もおられることと思う。

 しかし、地域振興とはこういうことなのではないのかと筆者は思っている。なぜなら、地域に人が育たなければ、それは単なるばらまきにすぎないからだ。人が育つためには、先行しているメーカーのシステムを手本として学ばせてもらいながら、いつかは自分たちが主導権を取り、追い抜くという形が必要と考えている。かつて、筆者は以下のように書かせてもらった。

自治体が使うお金は、企業がもうけるためのお金ではなく、人を稼いでもらうためのお金、人が育ち地域のために益すること、それが利益。

 筆者は、まさに面倒と思う(4)〜(10)があるから人が育つのだと考えている。(4)〜(6)を行うことで、県庁職員は住民の役に立つものを創れるやりがいと誇りを持てる。(7)〜(10)を行うことで、地場のデザイナーやSEは地域の役に立っているという心地よさと自信が持てる。最後に、システムの著作権が県庁を通して地域に残り、地域に必要なシステムが地域の者の手によって維持され洗練されていく素地を形成できる。

 自治体であるなら地域のことを考えてほしい。そして「調達」でなく「創る」を選択してほしい。

 「創る」ことは大変そうに見えるが、決してそうではない。なぜなら、すべてを自分1人で頑張らなくていいのだし、頼れる人材はすぐそばにいるのだから。

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プロフィール

しまむら・ひでよ 1963年3月生まれ。長崎県総務部理事(情報政策担当)。大手建設会社、民間シンクタンクSE職を経て2001年より現職。県CIOとして「県庁IT調達コストの低減」「地元SI企業の活性化」「県職員のITスキル向上」を知事から命じられ、日々奮闘中。オープンソースを活用した電子決裁システムなどを開発。これを無償公開し、他県からの引き合いも増えている。「やって見せて、納得させる」をマネジメントの基本と考える。


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