誰も教えてくれないiPhoneの秘密とiPhoneアプリ販売の現実賢者の意志決定(1/2 ページ)

今日、iPhoneが巨大なエコシステムを構築していることに異論がある方は少ないでしょう。iPhoneがここまで急速に成長した背景、そして、エコシステムの知られざる現実、さらにAndroidとの最終戦争の行方について、ユビキタスエンターテインメントの“鬼才”清水亮が解説します。

» 2009年12月10日 08時00分 公開
[清水亮,ITmedia]

 全世界で3000万台を超えたともいわれるiPhoneの累計出荷台数。iPod touchも加えれば、5000万台規模のプラットフォームがここ数年で世界に根付きました。最初の出足こそ鈍く感じられた日本国内でも、今やソフトバンクの新規契約の半数はiPhoneだともいわれています。1年半もの間、これだけ同じ端末が売れ続けたことは今世紀に入って初めてのことで、携帯電話業界の人々を驚かせています。

 そのiPhoneですが、使ってみればその快適さにはとりこになること請け合いで、しかも当初はギークと呼ばれる、いわゆるマニア層に売れていたiPhoneも、最近は女性ユーザーが急増しているのです。いったい、どうしてこんなことになったのでしょうか。そして、これからどうなっていくのでしょうか。

 本稿では、ビジネスとしてのiPhoneとAndroidアプリ、その可能性と現実について、筆者の経験を交えつつ2回に分けて考えていきたいと思います。今回は、iPhoneアプリ開発が大きな注目を集めるようになった背景と、iPhoneアプリ販売の現実についてみていきます。

モバイルコンテンツ業界の成長とともに現れた壁

 筆者は現在の会社を含めて足かけ10年、モバイルコンテンツ業界にかかわってきました。1999年に登場したiモードは、すぐに届くeメールや、大きめの画面など、当時の携帯電話のトレンドだった「軽薄短小」路線をひっくり返すものでした。

 通信速度はわずか9.6Kbps、画面サイズは横幅9文字という非常に限られた空間ですが、そこにとてつもない可能性を感じていた人は少なからずいました。最初は極めて小規模にスタートしたiモードも、あれよあれよという間にその規模を拡大していったことに異議を唱える方は少ないでしょう。

 ところが、ここ5、6年ほどのモバイル業界ははっきりと「停滞」していました。停滞というのが言い過ぎであれば、「つつましやか」な成長でしかなかったといってよいでしょう。明らかに成長が鈍化していった理由の1つは、「やりたいことはすべてやりつくしてしまった」ということです。

 1999年にドコモが発表したロードマップは、まるでSF映画のようでした。1000倍の速度を持つ3G回線、Javaアプリの搭載、3Dチップ搭載、カメラ内蔵、GPS、動画配信、テレビ電話、万能ICカードの搭載、国際ローミング、テレビ視聴……驚くべきことに、これらは今日すべて実現してしまっています。つまり、当初想定されていた、その時代からすればはるか遠い未来に感じられるようなことが、実際のところ、5年ほど前倒しでほとんどすべて実現できてしまったのです。それくらいに携帯電話の進化というのは凄まじいスピードでした。

 それからの5年というのは、サービスの追求でした。ハードウェア的にはすべて出し尽くしてしまった後で、ソフトウェアや制度上の工夫で何とか新しいサービスを産み出そうというフェーズに入ったのです。しかし、サービスの具体的/統合的なイメージを当初から持っていたわけではないので、どうしても取ってつけたような「新機能」が増えていったのは皆さんお感じのことでしょう。

 それまで端末に搭載される新機能を当てにして大量に投入されていたコンテンツも、徐々にユーザーに飽きられ、新機種が投入されるたびに、新しく加えられた機能に積極的に対応しようとするコンテンツプロバイダー(CP)は減っていきました。

 各キャリアや各CPの海外進出の失敗も、こうした流れに多少の影響を与えています。海外市場への進出が難しくなると、CPは国内市場で何とか成長を続けて行かなくてはならなくなりました。しかし頼みの綱の新機種も、端末の販売奨励金の廃止で一気に売り上げが鈍化します。これは連鎖的にCPにも影響を及ぼし、モバイルコンテンツ業界全体の閉塞感を産み出しました。

 「このままではわれわれに未来はない

 そういう言い知れぬ不安感が業界全体を包み込みます。とはいえ、携帯電話のネット機能は、既に人々の生活にとってなくてはならないものになっていました。何かチャンスはあるはずなのに、次の一手が見つからない、そんな状況です。

 各メーカーは端末のカメラ機能に凝ってみたり、ミュージックプレーヤーの機能を取り込んだり、3D音響や映像再生に特化した液晶を用いたり、果てはデザイナーに凝ったデザインをしてもらったりと八方手を尽くしました。しかしどうも決め手となるような「新しさ」に欠けていたと感じるのは筆者だけではないでしょう。

 まさにそんなとき、米国で大々的に発表されたのがiPhoneだったのです。

なぜわたしたちはiPhoneを快適と感じるのか

 モバイル端末がさほど普及していなかった米国はともかく、モバイル先進国といわれる日本で、なぜiPhoneが衝撃を持って受け止められたのか。その理由は幾つかあります。

 中でも最大の理由といえるのが、音楽プレーヤー、動画プレーヤー、インターネットブラウザ、メーラー、アプリケーション端末、といった、従来の携帯電話が後から後から追加して複雑になっていった機能を、あっさりしたインタフェースで統一的に提供したことです。しかも、それを使用するストレスを一切感じないレベルにまでチューニングし、迷いや戸惑いを感じることなく利用できるようにしたことは特筆しておくべきでしょう。

 ストレスを軽減させる秘密の1つは、画面の描画手法にあります。

 例えば画面と画面とのつなぎかた。これを専門用語でトランジションと呼びますが、iPhoneではある画面から別の画面へ切り替わる時に、実に巧妙に機能するアニメーションが挟み込まれています。例えば、ホーム画面のアイコンの1つをタップすると、そのアプリの画面が奥からビュンと拡大されてくるエフェクトが流れます。これはほんの一瞬で、気づきにくいのですが、このアニメーションによってユーザーは「あ、いま起動したんだ!」と錯覚します。「何てキビキビした動作なんだ」と感動すら覚えるのです。

 しかし、実際には、この最初にビュンと拡大される画面は、アプリごとにあらかじめ用意された静止画像をシステムがアニメーション表示しているに過ぎません。実際に起動に入るのはこの後です。だから、アプリは、画面がビュンと広がってから、ワンテンポ遅れて操作できるようになります。

 本来は、アニメーションを入れた分、時間をロスしているはずですが、アニメーションを挟むことで、ユーザーは直前の画面から思考を途切れさせずにアプリを起動した後の作業に頭を切り替えることができます。

 Appleで初代Macintoshの開発に携わったジェフ・ラスキンの研究によれば、画面全体がパッと切り替わると、人間がそこに何が映っているのか認識して実際の作業に頭を切り替えるまで、3秒から9秒くらいかかるとされています。しかし、画面が滑らかに切り替わった場合、人間は思考を途切れさせないのでそうした「頭の切り替え時間」がかからないことになります。また、アプリを終了してホーム画面に戻るときは逆にアプリの画面が画面の中央に小さくなって消えていくエフェクトで終了します。これも、同じように思考の切り替え時間を減らすための工夫です。

 これはほんの一例ですが、iPhoneにはAppleが長年積み重ねてきたこうした人間心理の巧みな研究と応用がちりばめられています。

iPhoneのAppStoreのアプリが全体的に美しく見える理由

 iPhoneの面白いところは、こうした工夫を、Apple以外の開発者が意識せずとも利用できるように手助けしていることです。

 例えば、iPhone用に作られたアプリをランダムに選択し、それを古き良き日本の携帯電話アプリと比べて見てください。いま、日本の携帯電話はほとんどがVGA(480x640)の高解像度ディスプレイを備えています。しかし、iPhoneが備えているのはその半分の解像度であるハーフVGA(320x480)です。しかし、iPhoneのアプリはどれもとても美しく見えます。解像度の差を意識することはないでしょう。

 これはまさに、AppleがiPhoneのために用意したソフトウェア開発環境の効果です。この環境で開発者が美しくないアプリを作るのは、美しいアプリを作るよりも数段ややこしいことをしなければならなくなっています。そう、手を抜けば抜く程、Apple社の純正アプリに近い外見になるのです。

 それに対してそのほかの携帯ソフトウェア開発環境では、美しい描画のアプリを開発するのに多大な労力を必要とします。また、努力だけではiPhoneと同等の美しさを実現するのは不可能な領域も多くあります。

 開発コストだけに注目すれば、iPhoneアプリの方がケータイのJavaアプリ、BREWアプリよりはるかに低コストのはずです。にもかかわらず、ほとんどのiPhoneアプリは美しい画面を持つことができるのです。このことが、iPhoneをより魅力的な端末にし、ユーザー全体からみても「iPhoneはいい端末だ」と信じる原因となっています。

 そしてこれが、世界中の個人開発者をiPhoneに熱中させる要因ともなっています。誰だって、少ない労力で美しい作品が作れるなら、それをやりたいと思うはずです。

 こうしてiPhoneアプリ開発は大きな注目を集めることになったわけです。では、iPhoneアプリ販売の現実とはどのようなものでしょうか。

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