急成長の陰にピンチあり スポーツ用品大手・米Under Armourが挑んだIT改革

スポーツ用品メーカーの中では新興企業となる米Under Armourは、創業してわずか数年間のうちに急成長を遂げた。しかし、その急激なビジネス状況の変化によって、在庫問題をはじめ大きなリスクを抱えることになった――。

» 2013年12月17日 08時00分 公開
[伏見学,ITmedia]

スプレッドシートに手入力

 スポーツ用品メーカー大手の米Under Armourは、アメリカンフットボール選手だったケビン・プランク氏が1996年に創業。米Nikeや独adidasなどと比べて新興でありながらも、創業者自らの経験を基にスポーツで高いパフォーマンスが発揮できるような高機能ウェアを開発し、ビジネスを伸ばしてきた。

米Under Armour コーポレートファイナンシャルプランニング&アナリシス担当 シニアマネジャーのデイビッド・ロバーツ氏 米Under Armour コーポレートファイナンシャルプランニング&アナリシス担当 シニアマネジャーのデイビッド・ロバーツ氏

 本社は米国・メリーランド州ボルチモアで、トロント、アムステルダム、東京、香港、広州、上海にグローバルオフィスを構える。商品小売店舗数は150以上、従業員数は約5000人という規模だ。

 創業以来、順調な成長を遂げてきた同社だったが、それが思わぬ落とし穴となる日がやってきた。2006年にシューズなどのフットウェア市場に参入し、わずか1カ月で25%のシェアを獲得するに至ったほか、ベースボールやフットボールの競技にも領域を広げ、大ヒット商品を連発した。しかしその翌年、こうした急激なビジネス拡大にバッグオフィスが悲鳴を上げた。市場の需要に対して商品を適切に供給できなくなったのだ。

 これに対応すべく同社は在庫を増やす動きに出たが、時を同じくしてサブプライムローン問題やリーマン・ショックなどに端を発する世界的な金融危機によって需要は低迷。結果的に、在庫は膨れ上がり、明確な軽減策がないままリスクが大幅に増加していった。

 このような事態を招いた原因の1つが、非効率な生産計画だった。同社では、これまで生産計画や需要予測などのシステムをスプレッドシートで組んでいた。そのため、すべて手作業での入力で膨大な時間がかかっていたほか、予測精度もいま一つであったという。また販売チャネルにも問題があった。85%を超える事業が卸売チャネル経由であり、95%以上を国内事業が占めていたのである。

ビジネスモデルの変化に柔軟なEPMシステムを

 そうした中、Under Armourが経営変革の1つの手段として選択したのが、EPM(企業パフォーマンス管理)システムの導入である。EPMとは、業績(パフォーマンス)を常に監視し、より早い段階で異常や問題を発見して対策を講じることができるようにすべく、その管理プロセスや方法論、テクノロジーなどを統合し、全社的に一貫した形で導入、実施するというコンセプトのこと。

 このシステム導入プロジェクトを統括したUnder Armour コーポレートファイナンシャルプランニング&アナリシス担当 シニアマネジャーのデイビッド・ロバーツ氏によると、新たなシステム投資を行う上で4つの基準を設けたという。

 1つ目は、同社の成長に伴ってシステムを拡張できるかどうか、2つ目は、既に導入していたSAPの基幹システムに対して互換性があるかどうか、3つ目は、ビジネスモデルの急速な変化に柔軟に対応できるかどうか、最後は、財務担当や会計担当など業務部門の社員が容易かつセキュアに利用できるかどうか、である。

 この条件の下、いくつかのベンダー製品を検討した結果、独SAPのEPMソフトウェア「SAP Business Planning and Consolidation」(SAP BPC)が選ばれた。

計画立案期間が8週間から1日未満に

 プロジェクトは2008年10月に9人体制でスタート。第1フェーズでは、「売り上げ」「給与」「資本支出」「財務」「戦略」という5つの具体的なプランニングモジュールを導入した。それぞれの機能について、売り上げモジュールは、顧客レベルからSKU(最小管理単位)レベルまで売り上げの予測が立てられるもの。給与モジュールでは、本社の社員の予算から、流通センターや小売店舗のスタッフの時給までを管理できる。資本支出モジュールでは、設備投資に対する申請や承認を行うためのプロセスを含んでいる。

 これら3つのモジュールが近未来の財務予測の情報にフィードされ、0カ月から18カ月の移動予測が示される。さらに短期的な財務モジュールが長期的な戦略モジュールにフィードされ、19カ月から5カ年の財務予測になる。

 SAP BPCは、2008年12月からレガシーシステムと並行稼働。2009年1月の時点でレガシーシステムは廃止となり、SAP BPCがUnder Armourにおける単独のEPMシステムとなった。

 2010年3月にスタートした第2フェーズでは、「製品計画」「ハウスマージン」「SNP(需給連鎖計画)」「ベンダースコアカード」のモジュールを、2010年12月からの第3フェーズでは、顧客および製品の収益性を分析するためのモジュールを追加した。

 SAP BPCを導入した成果はどうか。ロバーツ氏は「予測の精度が劇的に改善した」と力を込める。従来と比べて商品の需要予測が24%改善したことで在庫が15%削減できたほか、収益性が150ベーシスポイント改善し、48%上昇した。さらに、計画立案に要する時間がこれまでの6〜8週間から1日未満に短縮した。

「SAP BPCによって大幅な効率化が図られ、四半期ごとの予測ではなく週次での予測が可能になった。新商品開発や新たな地域への参入に対しても効果的な意思決定がなされるようになった」(ロバーツ氏)

 2012年からUnder Armourでは、SAP BPCとインメモリコンピューティング「SAP HANA」を組み合わせたソリューションを活用。顧客の購買情報をはじめとする大量データを分析してカスタマーエンゲージメントの向上と収益成長を実現しているという。また、同社の経営層はモバイル端末で自社の業績情報や市場トレンド、競合のパフォーマンス情報など、さまざまなデータをリアルタイムで閲覧、分析することが可能になったという。

「膨大なリアルタイムデータから洞察が得られるようになったことで、セールスのパフォーマンスが改善した。今後はこの取り組みを組織全体に拡大していきたい」と、ロバーツ氏は意気込んだ。

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