借金10億円、倒産まであと半年――創業100年の老舗旅館「陣屋」をたった3年でV字回復させた方法【特集】Transborder 〜デジタル変革の旗手たち〜(3/5 ページ)

» 2018年10月01日 08時00分 公開
[池田憲弘ITmedia]

陣屋を復活させた「F1」作戦

 陣屋には、明治天皇を迎えるために作られ、将棋のタイトル戦でも使われる「貴賓室 松風」がある。これを“おもてなしの実験場”として、一般客にも開放することにしたのだ。単価が高く、先進的な取り組みをいち早く取り入れる場所。ホンダのエンジニアだった富夫さんは、これをモータースポーツの「F1(フォーミュラ1)」に例えて従業員に説明した。フラグシップ(貴賓室)の開発に投資することで、そこで得た知見を量産型の自動車(一般客室)に生かしていくというわけだ。

 そして、貴賓室活用にはもう一つの狙いがあった。これまで陣屋のパート従業員は、それぞれ「布団敷き」「部屋への案内」「見送り」といった単体タスクのみをこなす形で、リソースの使い方が非効率かつ柔軟性がない状況だった。それがパートの人数が膨らむ原因にもなっていたという。そこで、貴賓室については、チェックインから見送りまでの全てを1人で担当してもらい、スタッフのマルチタスク化とレベルアップを図った。

photo 陣屋の貴賓室「松風」。将棋のタイトル戦にも使われている(出典:陣屋)

 業務の効率化とともに事業の安定化も求めた。宿泊と日帰り温泉に加え、ブライダル事業を「3本目の柱」として確立させたのだ。歴史ある旅館ということもあり、これまで顔合わせや結納を年間80組ほど行ってきた実績があり、宮崎さんはここに活路を見出した。当時のメインバンクには「これから人口が減っていくのに、何を考えているんだ」と一喝されたが、それでも譲らなかったという。

 「陣屋は『物語に、息吹きを。』というコンセプトを掲げており、物語をつなぐという意味でブライダルはぴったりだと考えました。お客さまとちゃんと話し合って作り上げる、皆さまに望まれるようなウエディングを自分たちから発信していく。あくまで温泉旅館であるという形を崩さないためにも、業者を入れずに自分たちでやらなければならないという思いもありました。主人は、従業員のみんなに『二輪よりも三輪の方が安定感が増す』と説明していましたね(笑)」(宮崎さん)

 改革の方針は決まった。ただ、これを実現していくためには「情報の見える化」が不可欠だと宮崎夫妻は考えていた。売り上げもコストも「誰も何も分からない」状況では、従業員が主体性を持った動きもできないし、マルチタスク化の阻害要因にもなる。誰が対応しても一定のクオリティーを担保できること、そしてPDCAサイクルを月次から日次へと切り替えることが目標だったという。

 「接客業だと思って入ってきたのに、1日の約8割がバックヤードの業務に追い立てられているような状況でした。この業務を圧縮して接客に注力しないと、クオリティーは上がりません。しかし、その接客も属人化してしまえば、担当者がいないときのサービスは総崩れになります。会社にとっての財産である情報を1カ所にまとめ、共有しなきゃいけないと考えました。もともとPDCAという概念すらないような職場でしたが、それによって改善活動もできますし、無駄な会議も減らすことができます」(宮崎さん)

 とはいえ、それを単に「会議を止めよう」「頑張ろう」と言うだけではらちが明かない。従業員が頑張れる環境を整えるため、経営を支える基幹システムを導入しようと決めた。

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