借金10億円、倒産まであと半年――創業100年の老舗旅館「陣屋」をたった3年でV字回復させた方法【特集】Transborder 〜デジタル変革の旗手たち〜(5/5 ページ)

» 2018年10月01日 08時00分 公開
[池田憲弘ITmedia]
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全ての情報を開示することで“フラット”な組織になる

 システム開発は順調に進み、2カ月後の3月には予約システムをリリースし「陣屋コネクト」と名付けた。「最低限の機能しかない、稚拙なシステムだった」とのことだが、システムを使い始めないことには、業務の改革も進まない。

 システムにアクセスするデバイスとして、従業員にはiPadを配布した。ITに慣れない従業員に使ってもらうのは、難しい面もあったというが、勤怠管理システムがリリースされてからは状況が一変。ログインしないと給料が発生しないため、従業員全員がシステムを使うようになったという。

 「誰にでも使いやすいよう、なるべく、タイピングではなくクリックベースで操作が進むように気を付けて開発しています。とはいえ、お客さまの基本情報や好物の料理、食べ物のアレルギー情報といった情報を入力するのは、どうしてもタイピングになってしまいますが。今でも継続的にバージョンアップを続けています」(宮崎さん)

 情報を可視化した効果はてきめんだった。陣屋では、社員やパートにかかわらずスタッフ全員にライセンスを発行しており、情報開示のレベルも同じだ。パートでも売り上げや原価が分かる経営レポートから、会社の預金残高すら見ることができる。全ての情報が分かることで、「指示待ちの人間が劇的に減った」と宮崎さんは振り返る。

 「旅館業というのは、どうしても予約係やフロントにお客さまの情報が集約しがちです。そうすると、そこから毎日指示が出るため、どうしてもヒエラルキーが生まれてしまいます。それがマルチタスク化の大きな弊害になってしました。他の仕事を頼むと『左遷されたの?』と感じてしまうような。組織をフラットに保とうと思うなら、情報格差をなくさないといけません。情報開示と組織の透明度は比例します。

 接客係も清掃係もお客さまの情報が見られるので、自分から動く。『このお客さまはいつもゴミ箱をここに置いているから、あらかじめ動かしておこう』といった連絡事項が蓄積されていくなど、スタッフの主体性が上がりました」(宮崎さん)

photo 従業員が持つ情報が偏り、情報の流れが一方的になってしまうと、従業員内に優越ができ、指示待ちの人間が出てきてしまう。かつての陣屋もそうだったという

 宮崎さんはリストラはしないと決めていたが、こうした方針に合わなかったスタッフが陣屋から離れたり、高齢のスタッフが引退したりして、パートの人数は少しずつ減っていった。コストの削減とコントロールに加え、課題だった利益についても料理長と協力し、貴賓室利用の客に向けた高価なコースを作り、全体のラインアップを底上げしていくことで、平均単価を高めることができたという。

 こうした改革を通じ、2010年に2億9000万円にまで落ち込んだ売り上げは、2012年には4億円台にまで回復し、黒字に転換。就任から3年で文字通りのV字回復を成し遂げた。順風満帆に見えるかもしれないが、その一方で陣屋は大きな課題を抱えていた。業績は回復したものの、スタッフの離職率が全く下がらなかったのだ。(中編に続く)

特集:Transborder 〜デジタル変革の旗手たち〜

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 本特集では、越境に成功したり、挑戦したりする人間にスポットを当て、彼らが歩んできたキャリアやITに対する考え方に迫っていきます。

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