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「パソコン通信」とは何だったのか(2/3 ページ)

» 2005年02月21日 12時07分 公開
[小寺信良,ITmedia]

 双方の意見が相容れない場合は喧嘩も起こるわけだが、文章を綴るしかやり返す方法がない特殊な社会では、先にキレたほうが負けである。うかつに仲裁に入ると、今度はやり合っている当事者全員を相手に論を展開する必要がある。いずれにしろ、完全に相手を論破したときのみ、事態が収拾する。

 従ってNIFTY-Serveのような商用BBSには、優れた論客が多かった。単に理屈っぽいだけでは、コンセンサスは得られない。いかに観客に自分の論を読ませ、納得させるか。適度にフックする単語をちりばめつつ、軟硬自在に態度を使い分け、しかも論旨を外さないばかりか、思いがけない結論に着地してみせるテクニックが必要なのである。

 通常の書き込み文章であっても、恐るべき才能を発揮する人も少なくなかった。

 普通の文章に見えて、実は左端を縦に読むと別のメッセージが現われることもあったのだ。あるいはタダの文章に見せかけながら、全体を遠くから眺めてると、句読点の位置がきれいに斜めに並んでいるというような技も見られた。文字だけの世界でありながら、隠れた「技と芸」があったのである。

 一介のテレビ屋風情にしか過ぎなかった筆者が、こうしてモノカキの端くれとして文章で糊口を凌ぐことができるようになったのも、これら先人のテクニックを目の当たりにしながら、揉まれてきたからである。

仮想世界の闇

 2ちゃんねる発の書籍が出版され、世間から珍しがられているが、商用BBSから発信された書籍は古くから存在した。2ちゃんねる書籍が特殊なのは、本当の著作者が不明なまま著作物として成り立っているというところだ。

 NIFTYで教え上手な人は、やがて出版社が目を付ける。2ちゃんねるのような完全匿名ではなくIDが固定なので、書き込みの本人にメールで直接コンタクトを取ることが可能だった。こうして一部の人間は、本業を持ちながら専門誌でライターを兼業していくことになる。

 筆者のモノカキとしてのデビューは、某フォーラムで海外製CGソフトの操作方法を解説した書き込みを整理して出版しないか、という話からであった。それはすでに書いたものを出版するわけで、こちらとしては手間もない。

 最初の本が大きな失敗もなくそこそこ売れれば、次第に月刊誌や別の出版社から執筆の話が舞い込んでくる。当時は、特定専門分野の書き手が少なかったのだ。こうなってくると、半匿名の社会でも仲間内から次第に正体がバレて、フォーラムでも一目置かれるようになる。

 だが、そこで勘違いする輩も出てくる。本を出したり専門誌に書くことにステータスを感じた者が、専門家でもないのにそこで仕入れた知識を頼りに、自作の解説書を出版社に持ち込むようになる。しまいには本業を辞めてまで、それに没頭する者も現われた。

 ステータスといったって、あくまでも商用BBSの一フォーラムという、ものすごく狭い仮想の人間関係でのみ通用するだけである。実際にそれでギャラが上がったり、クレジットカードがゴールドになるわけでもない。ネット上のステータスを重視するあまり、そちらのほうを生活のメインに据えて、リアルな人生から逸脱してしまうのである。

 最近の例では、寝屋川市の小学校教職員殺傷事件容疑者の少年と、いわゆる「ゲーム脳」との関係が取りざたされている。ゲーム脳という定義には疑問の余地があるものの、極端にバーチャルなものに没頭しすぎて、大の大人でも現実と仮想世界との折り合いが付けられなくなった例は、パソコン通信の時代から珍しくはなかった。

 一度そういう人を見るに見かねて、簡単なアニメーションの仕事を発注したことがある。だが仕事の打ち合わせをしようにも、すぐにネット上のうわさ話に脱線してしまい、仕事の会話が成り立たない。むりやり必要なことを飲み込ませて帰したのだが、案の定、アニメーションは人の話を断片的にしか聞いていないモノができあがってきた。

 少なくとも本人が通常の社会活動を行なう能力を失ってしまった以上、一般社会的なアプローチでは、助けたくても助けようがない。

「インターネット」は「ネット」じゃない?

 インターネットが台頭してきたころ、NIFTY-Serveで知り合った友人の多くはいち早く自前のサイトで掲示板を立ち上げた。最初は挨拶がてら覗きに行ったものだが、筆者にはあちこちに散らばったそれらのサイトを手動で巡回するのが、ひどく面倒に思われ、次第に足が遠のいていった。

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