ITmedia NEWS >

IPマルチキャストが「放送」になる日コラム(2/2 ページ)

» 2006年04月05日 19時12分 公開
[渡邊宏,ITmedia]
前のページへ 1|2       

IPマルチキャスト放送を「有線放送」とする是非

 前述したよう、IPマルチキャスト放送は地上デジタルの難視聴地域対策として政府からも期待されている。2011年の完全デジタル化に向かい、放送局側でも95%のエリアを電波でカバーする見通しを示しているが、放送の基本である“あまねく普及”を実現するには残りの5%、つまり電波によるカバーが難しい地域についてはCATVやCS、IPマルチキャスト放送などでフォローするしかない。

 IPマルチキャスト放送で地上デジタル放送の同時再送信を行えば、かなり効果の高い難視聴地域対策になることは間違いない。ただし、権利関係をクリアできない限り、その切り札は絵に描いたモチにすぎない。

 これから製作する番組ならば、事前に関連する著作権者/実演家/レコード製作者などから許諾を得ておけばよいのだが、IPマルチキャスト放送を前提とした一元的な権利許諾システムはまだ存在しておらず、同時再送信を行っている事業者は皆無だ。

 2006年3月1日に行われた文化庁著作権分科会の会合で日本レコード協会は、「ネット流通に必要な権利許諾を一元化し、簡素化するための準備を進めている。同時再送信について円滑な導入に協力する」と述べているほか、レコードやCDが放送で使われた際の二次使用料を徴収し、権利者へ配分している日本芸能実演家団体協議会実演家著作隣接権センターも「ワーキンググループで検討を続けており、いろいろ協力できる」と前向きな姿勢を示している。

 ユーザーからすれば、IPマルチキャスト放送も地上波放送と同じく映像を楽しめる“放送”サービスであり、通信業界内からは通信と放送の融合を進めるためにも、現行法を改正し、より権利処理が容易な有線放送と同様に取り扱われることを要望する声が上がっている。しかし、権利者団体である日本レコード協会は「民間レベルの取り組みで解決するならば法改正は著作隣接権者の権利縮小につながりかねない」とあくまでも現行法下での解決を提案している。

 2006年3月30日に行われた文化庁著作権分科会法制問題小委員会の第1回会合でも、この問題が大きく取りあげらている。参加委員からは「“公衆”という言葉の概念を“多数の受信者”とすれば、IPマルチキャスト放送も“有線放送”と考えられないか」と法解釈の再考を提案する意見や、「有線放送とIPマルチキャスト放送の扱いが異なるのはどのような根拠にも基づくか、再考すべきでは」と法改正を視野に入れた意見も見られている。

「法改正なしで」との意見が目立つが、課題は多く、残された時間は短い

 同委員会ではIPマルチキャスト放送を法的にどう扱うのが適当であるかを課題として審議を続けており、2006年4月5日に行われた文化庁著作権分科会法制問題小委員会の第2回会合では関係する各団体が意見を陳述している。

photo 文化庁著作権分科会法制問題小委員会の第2回会合

 著作権者として日本音楽著作権協会、実演家として日本芸能実演家団体協議会実演家著作隣接権センター、レコード製作者として日本レコード協会、放送事業者として日本放送協会と日本民間放送連盟、CATV事業者として日本ケーブルテレビ連盟の各団体が意見を述べたが、「IPマルチキャストなどブロードバンドを利用した“放送”は推進していくべきだが、著作権法の改正は行わず、一元的な権利許諾システムの構築で対応すべき」という意見が多かった。

 「有線放送(CATV)が地上波を同時再送信する際、著作者/著作隣接権者が受け取れる対価が少なくなっているのは、無線放送(テレビ)に比べて有線放送が限定的地域に対する難視聴対策という側面を持っているためであり、特殊なケースといえる。広域放送ともいえるIPマルチキャスト放送同じように扱うには賛成できない」(日本芸能実演家団体協議会実演家著作隣接権センター)

 日本ケーブルテレビ連盟は「放送法上で放送と認められるIPマルチキャスト放送については、有線放送なみの扱いを与えても構わないのでは」と法改正に積極的な意見を提出しながらも、「CATVと課せられている同時性・同一性・地域限定といった再送信要件が担保されなければならない」と、あくまでも有線放送と同一の義務も負うことが望ましいと述べている。

 仮にこれら意見の通りに一元的な権利許諾システムが構築され、IPマルチキャスト放送でも著作権者/著作隣接権者へ問題なく利益配分が行われる仕組みが構築されたとしよう。

 その状態は「自動公衆送信たるIPマルチキャスト放送で放送された内容について、実演者やレコード製作者に許諾権(あるいは報酬請求権)が発生する」であると想像できるが、筆者はその状態を著作権法第92条2項2項(実演家はその実演を放送する権利を持つが、放送される実演が有線放送される場合にはその権利を持たない)に反すると考える。IPマルチキャスト放送はFTTH/ADSLという“有線”を用いて送信されるからだ。


 映像コンテンツのアナログ→デジタル化が進むに従い、その利用方法と伝送経路が多様化するのは自明の理だ。テレビ放送の伝送手段だけに話を絞っても、かつては大半の世帯をカバーする地上アナログ放送と難視聴地域帯宅のCATVの2つがあれば事足りたが、IPを利用した映像伝送が存在感を示し始めたため、今日のような議論に発展したと言える。

 「著作権法の立法趣旨に沿って考えを進めるべきか、社会情勢の変化に対応した考えで進めていくべきか、IPマルチキャスト放送のみならず、有線放送のあり方についても再考せざるを得ないだろう」

 法制問題小委員会のある委員は著作権法上の「放送」についても再考する時期ではないかと述べ、またある委員は「放送法制にもかかわる問題として認識するべき」と放送法と著作権法、双方からの再検討が必要だという。

 同委員会は今後の審議を重ね、6月上旬に何らかの報告書を提出するスケジュールになっているが、2011年の地上アナログ放送停波というタイムリミットが設定されている以上、残された時間はあまりにも短い。

前のページへ 1|2       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.