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DRC、ICC、そしてISVC――アイキューブド研究所、近藤哲二郎氏の超発想力麻倉怜士の「デジタル閻魔帳」(1/3 ページ)

» 2013年04月30日 17時02分 公開
[芹澤隆徳,ITmedia]

 I3(アイキューブド)研究所が2月下旬に発表した「ISVC」(→関連記事)。「ICC」に続く新しい映像処理技術は、プロジェクターなど150インチクラス以上の大画面を想定した“臨場感創造技術”だった。開発者の近藤哲二郎氏とは15年来の付き合いというAV評論家・麻倉怜士氏に、ISVCが作り出す映像と近藤氏について語っていただこう。

AV評論家・麻倉怜士氏とアイキューブド研究所の近藤哲二郎氏

――ISVCをどのように捉えましたか?

麻倉氏: 現在のフルHDコンテンツを4K2Kのアップコンバートに革命的な技術が登場しました。しかも2つ。ひとつはもちろん、シャープの「ICC PURIOS」に搭載された「ICC」で、もうひとつが今回のテーマである「ISVC」です。先日、近藤さんにお会いする機会があり、ISVCのことを尋ねたところ、発表後はさまざまなところから電話が殺到しているそうです。

 過去30年ほどのスパンで考えると、画質向上に対してはいくつかのアプローチがありました。まずは放送のデジタル化や「スーパーハイビジョン」といったプラットフォームの進化です。しかし、コンテンツの中身は政府が作るわけではありません。例えば軽トラックをアナログ放送とすると、デジタル化で普通トラックになり、4Kでは大型トラックになりますが、載せている荷物に対して政府は何もしません。荷物が新鮮な野菜なのか、実は古い野菜なのか。近藤さんのやっていることは、野菜の鮮度を上げることです。野菜をいかに美しく見せるかということです。

ISVCのデモ映像

――近藤さんはどのような方ですか?

麻倉氏: 天才です。“画質のトーマス・エジソン”といっても過言ではありません。エジソンは各分野で多くの業績を上げましたが、近藤さんは画質改善の分野で多くの業績があります。関わった特許の数は数千。私の先輩で尊敬する作家の立石康則さんの本「ソニー最後の異端―近藤哲二郎とA3研究所」(講談社刊)の帯には、「特許数はソニー随一だが、商品化されていない数も最大」と書かれていました。

 天才というのは、従来にない切り口を見つけられる人です。努力型の秀才は改良が得意ですが、天才は根本的に見つめ直し、別の出口を見つけます。私は近藤さんとの付き合いが長く、最初にお会いしたのは1997年にDRC(Digital Reality Creation)搭載「VEGA」の試作機を見たときです。

 DRCは、SD映像の波形を抽出して、HDではどういう波形になるか? というデータベースへテープルを参照して瞬時に入れ替えます。その映像を見て、私は驚きました。遠景にはキリマンジャロ、中景には木があり、その近くにライオンとキリンがいます。単純にアプコンをかけるとすごくぼけるのですが、DRCの試作機ではそれまで見えていなかったものが見えてきました。ライオンの毛並みの1本1本が見え、林の木には多くの葉があります。遠景のキリマンジャロもはっきりとみえました。ICCがフルHDを4K2Kにアップコンバートした映像をみたときと同じような印象だというと、お分かりになるでしょう。

 それまでのSD時代は、精細感が足りなければ輪郭を強めたり、コントラストを高めたりという、見せ方を変えることでそれらしくするしかありませんでした。MUSE(アナログハイビジョン)が登場して映像の表現力は向上しましたが、コンテンツは少なく、試験放送として1日数時間放送していただけ。そこでテレビメーカー各社は次第にSDの“ワイドテレビ”に傾倒していきました。そんな状況の中、しっかりとSDからのアップコンバートに取り組んだのが近藤さんだったのです。

 ソニーはその後、VEGAで市場を席巻しました。理由は明らかで、フラットブラウン管とDRCの組み合わせが消費者の心をつかんだからです。不幸だったのは、ソニーのテレビ事業部長が変わり、デザイン志向にシフトしたことでしょう。そのためDRCの進化もいったんは止まりましたが、現在は復活。名称を「X-Reality PRO」に改め、いまだにソニーの画質を支える屋台骨です。立石さんの本の中で、近藤さんは「商品には寿命があるが、デジタル技術は生き続ける」と話していましたが、まさにその通りになりました。

 一方、近藤さんはソニーの人員削減で会社を離れました。研究所が取りつぶしになったとき、研究員も各部署に分散したのですが、やはり近藤さんは特別です。かつての仲間たちと一緒に独立し、I3研究所を立ち上げました。当時、近藤さんはあまり乗り気ではなかったようですが、ソニーを辞めても近藤さんの下で研究したいというソニー社員が驚くほどいたんですね。

 DRC以来、近藤さんの開発した技術には“クリエーション”という名称がついていますが、それはないところから新しいものを作り出すこと。トラックに例えると、トラックに大きさに比例して野菜も新鮮な、美味しいものになったのです。

――ICCやISVCはDRCの延長線上にあるのでしょうか

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