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» 2016年12月30日 06時00分 UPDATE

麻倉怜士の「デジタル閻魔帳」:「マニアック&ハイエンド」 麻倉怜士の「デジタルトップ10」(中編) (1/4)

年末恒例のデジタルトップ10、中編は番外編1と第6位から第4位までを発表する。中編では音と映像が仲良く半分ずつランクイン。よくみると「マニアック」「ハイエンド」という2つのキーワードが見えてくる。

[天野透,ITmedia]

 年末恒例のデジタルトップ10、中編は番外編1と第6位から第4位までを発表する。中編では音と映像が仲良く半分ずつランクイン。よくみると「マニアック」「ハイエンド」という2つのキーワードが見えてくる。さて、麻倉怜士氏の目にオーディオビジュアルの進化はどのように映っただろうか。

番外編1:「新世界」イシュトヴァン・ケルテス

麻倉氏:このカウントダウンでは特別賞の意味合いで、トップ10まであと1歩のトピックを番外編として毎年2つほど紹介しています。今年の1つ目はオーディオ専門誌「ステレオサウンド」(ステレオサウンド社刊)が手がけた高音質SACDである、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界」を挙げたいと思います。演奏はウィーンフィルハーモニー管弦楽団で、日本でも人気の高いイシュトヴァン・ケルテスが1961年に振ったものです。

オリジナルマスターが持つ音の生々しさを極限まで再現する事を目的とした、ステレオサウンド社の『SSラボラトリー・シリーズ』。悲劇的な天才指揮者イシュトヴァン・ケルテスがウィーンフィルを振った「新世界より」は、60年代のウィーン情緒が色濃く漂う名演奏。最新技術と蓄積された文化、そして音に対する強いこだわりが、時代を超えた音楽体験を可能とした。

麻倉氏:ドヴォルザーク作品の中でも特に人気の新世界交響曲には多数の名盤がありますが、中でもケルテスは特別な扱いを受けています。理由として、当時のケルテスがあふれる感性でビビットな音楽を創る才能豊かな若手として飛ぶ鳥を落とす勢いで出てきたことと、売れっ子指揮者として人気を集め多数の録音を残した最中、イスラエルで海水浴をしている時に波にさらわれて急逝したという悲劇性とが挙げられます。

 そんなケルテスがデッカ(英Decca Records)で遺した録音を、ステレオサウンドが超高音質のハイブリッドSACDで復刻したのがこの企画です。今回はオリジナルアナログマスターからほぼ無加工のノンディレクションでDSDダイレクトカットしました。一般的なイコライジングやノイズカットといった補正が全くないため、非常に鮮烈な音が聴けます。

――ステレオサウンド誌の高音質ディスクというと、定盤のクラシック音源の他に美空ひばりや石川さゆりといった大御所演歌歌手、はたまた先生が大好きな聖子ちゃんなどのオリジナルマスターをほぼ無加工のダイレクトカットで出していることでオーディオファイラーに知られていますね。なんでも、通常の流通に乗るCDよりもはるかに厳しい検品基準でのノイズレベルチェックを、出荷される全てのディスクにしているとか

麻倉氏:ステレオ初期のデッカは “デッカサウンド”と呼ばれる芳醇な音が特徴的です。モノラル時代から培った技を発展させたFFSS(Full Frequency Stereo Sound)という録音技術で一世を風靡し、「ステレオはロンドン」というイメージを確立しました。今回の音源は、そんなデッカのウィーンにおける拠点であるゾフィーエンザールで録音されたものです。皇帝フランツヨーゼフの母にあたるゾフィー大公妃に因んで名付けられたゾフィーエンザールはプールを改装した木造のホールで、1950年代からデッカの本拠地として主力機材が集中配備されましたが、残念ながら2001年の火事で消失してしまい、現在は複合商業施設となっています。

 演奏は躍動感のある素晴らしいもので音楽のダイナミクスが広く、ハンガリー人のケルテスらしい東欧系にシンパがあるチェコの作品ということもあり「名盤中の名盤」と評価されています。これが今年の秋にステレオサウンドから出てきたのですが、オーディオビジュアルの専門誌出版社である同社は、理想の音源を求めて自社で名盤の独自復刻を行っており、最近はすっかりレコード会社にもなっています。ですがそこは専門誌らしく音で勝負、ほぼ加工なしのDSD化というオーディオ的なアプローチを取りました。この盤は私も大好きで何度も聴きました。ですが今回の盤は音のベールが数枚はがれ、ダイレクトに当時のウィーンフィルの音が伝わってきます。

 かつてのウィーンフィルは独特の音を色濃く出していましたが、世界的楽団となった最近はすっかり国際化してしまい、ウィーンの情緒がちょっと薄まってしまいました。この音源は近年のものとはまた違う当時のウィーンっぽい音色で、ウィーンっ子でないと出せない芳醇さや艶っぽさ、さらにウィンナ・ホルンに代表されるまろやかさを存分に感じます。そういったウィーンの美しさとケルテスが持つ躍動感のある瞬発力が相まった名演が、まるで眼前の演奏であるかのような暖かくして生々しい音で再現されたのには大変驚きました。

――“3大オーケストラ”と称される中でも、ウィーンフィルは一際個性的な事で有名です。カラヤンが国際化を推し進めたベルリンフィルと異なり、伝統とウィーン気質を尊守するために、1990年代まで非ドイツ系はおろか女性音楽家さえも団員になれないほど、徹底して保守的だったそうですね

麻倉氏:今年もさまざまなイベントを通じて多くの名盤に接しましたが、再度認識するケルテスの音の生命感とDSDの音の臨場感、生っぽさにとても感動しました。秋の「インターナショナルオーディオショウ」や、ビックロでのフォステクスのイベントなどでも使いましたが、30分を超える全曲を流す訳にはいかないので、第2楽章だけをかけたんです。ほとんど終わり頃だったのですが、ビックロのお客さんから「もっと聞きたい」とリクエストが入り、第4楽章を通しで流すことになりました。フォステクスの「G1003」(これもベスト10に入れていいくらいの表現力豊かなスピーカーです)で再生すると、演奏・録音・スピーカーの三者が相まった素晴らしい音楽となり、延長しても誰も帰らずに聴いていました、というエピソードも付け加えておきましょう。

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