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「子どもがダメなら大人に売れ」──888億円「萌え」市場

» 2005年05月20日 16時31分 公開
[岡田有花,ITmedia]

 「萌え関連市場は888億円」――4月初め、こんな調査結果が話題になり、ブロッコリーやまんだらけなど“萌え関連銘柄”と目された企業の株価が急騰した。調査したのは浜銀総合研究所調査部の信濃伸一研究員。「調査結果レポートは1カ月4万件ほどアクセスがあった。他の調査はせいぜい100件程度なのに」(信濃研究員)。予想外の反響に驚いたという。

 信濃研究員は「少子化でコンテンツの売り上げ全体が低迷する中、成長している分野を集めてカテゴライズすると、うまくハマったのが“萌え”だった」と話す。コンテンツ市場で数少ない成長分野が萌え――という訳だ。

 信濃研究員によると、萌え市場はコンテンツ市場縮小の影響を回避するための緊急避難場所だ。「ゲームやアニメ、コミックといったコンテンツ市場は、もともと子供向けに作られたもの。少子化で市場規模が狭まった」(信濃研究員)。ゲームをプレイする子どもの割合や、子ども1人当たりのゲーム支出額は、ゲーム全盛期から減ってはいないというが、子どもの絶対数が減っているため、市場はどうしても縮小傾向にあるという。

 子どもがダメなら大人に売るしかない――萌えを含むオタク向け商品市場は、こんなロジックから生まれたと、信濃研究員は考える。

 信濃研究員は、自らをオタクとは認めないものの自作PCマニア。14〜15年前から秋葉原に通い詰めているという。「秋葉原の大通りはここ数年で、PCや家電ショップから萌え系に一気に変貌した」と、萌えの勢いを感じ取っていた。今回の調査は、信濃研究員がアキバで受けた印象を、数字で実証しようという試みでもあった。

 調査期間は2週間と短期間。アニメ・漫画オタクを自認する同社社会システムソリューショングループの宮島耕史副主任研究員に協力をあおぎ、試行錯誤しながら、アニメ、コミック、ゲームと3分野の市場規模を算出していった。

萌え作品の分類は“オタクの肌感覚”で

 「萌えをどう定義するかが最も難しかった」――信濃研究員は関連文献を何冊も読みあさり、定義を探ったという。「かわいい、愛らしいキャラがいるかどうかが1つの基準になった。ただ、萌え作品かどうかはある程度のコンセンサスがある。肌感覚に頼ったところも大きい」(信濃研究員)。

 アニメについては、4000タイトルの作品リストから「萌える」「萌えない」を判定。宮島副主任研究員に協力してもらい、それぞれのアニメが萌え系かどうかを判断していった。

信濃研究員(右)と宮島副主任研究員。ファイルには、さまざまなアニメの画像が綴じてあり、萌えアニメにはピンク、そうでないものには黄色の付箋が貼ってある「一般誌やテレビが取材に来ることもあるが、普通の人に“萌え”を説明してもなかなか分かってもらえないので、参考資料としてコミックを購入した」(宮島副主任研究員)

 萌え市場を子ども向け市場と対比したかったため、一般に萌え作品ととらえられているタイトルでも、子どもをターゲットにした作品は除外した。「美少女戦士セーラームーン」や「ふたりはプリキュア」などは調査の対象外だ。

 こうして推計した萌えアニメの市場規模は約155億円。萌えアニメの数に、1タイトルあたりの平均売上高を掛け合わせて算出した。

 コミック市場は、連載雑誌ごとに対象読者を考え、萌え系かそうでないかを判断した。アニメと同様、子ども向け作品は除外。「魔法先生ネギま!」が連載されていても「週刊少年マガジン」は萌え系ではなく、「コミック電撃大王」や「ドラゴンエイジ」は萌え系――といった具合だ。

 「売れている雑誌の単行本は売れている」という前提で、雑誌の発行部数からコミックの売り上げを推計。萌えコミック市場は276億円規模(市場全体の5.6%)となった。

 ゲーム分野は、恋愛シミュレーションゲームを「萌えゲーム」と定義。家庭用ゲームはコンピュータエンターテインメント協会(CESA)の調査から、PC向けゲームは売上ランキングから市場規模を推計した結果、460億円規模と分かった。

 萌えアニメ、萌えコミック、萌えゲーム合計の市場規模は888億円。ただし、一般には萌え作品と言われるものもかなり除外されているほか、キャラクターグッズ、ムック、フィギュア、同人誌の売り上げなどは計算に入っていないため、萌え市場全体の規模はもっと大きいはずという。

萌え市場は拡大するか

 萌えを含むオタク市場が拡大した背景には、未婚人口が増加し、趣味にお金をかけられる人が増えたことがあると信濃研究員は言う。「若いオタク層が成長して所得が増えれば、市場がさらに広がる可能性がある」(宮島副主任研究員)。「アニメやコミック、ゲームは、団塊ジュニア以前の世代は『子供向け』と敬遠してきたが、若い世代は親近感を持っていて抵抗が薄い」(信濃研究員)。

 ただ、市場が急激に広がる可能性は低いという。「萌え市場はあくまでもオタク向け。オタクが増えない限り成長はなく、数年で数倍、という伸び方はしない。10人に1人がオタクになる時代は来ないだろう」(信濃研究員)。

 オタク市場の攻略は、簡単ではない。「子供向け市場は、定番キャラクター商品を売っていればそれでよかったが、オタク向けはそうもいかない」(信濃研究員)。同じ商品ばかり作っていたら飽きられてしまうし、他の作品と同じような商品を作ればパクりと言われてしまう。「作り手側が『売らんかな』を前提にせず、ユーザーが欲しいものを供給しないと買ってもらえない」(信濃研究員)。

 うまくやれば、オタク要素は商品の付加価値になる。「ノートPCを赤く塗って、シャア専用PCとか。供給者側の工夫次第で商品の幅が広げられるというという意味では、家電など他の市場と変わらない。例えば、“どれも同じ”と思われてきた洗濯機でも、ドラムを傾けた『ななめドラム洗濯機』はヒットした。目先を変えることがヒットにつながる」(信濃研究員)。

 とはいえ、目先を変えた奇抜なものばかり出していてると、市場が縮小してしまう危険性もある。「例えばシューティングゲームは、当初は幅広い層がプレイしていたが、難易度がどんどん上がってマニア向けに特化してしまい、市場全体がしぼんだ」(信濃研究員)。

 萌えは一過性のブームではなく、長期的に続くだろうと信濃研究員は考える。「萌えは愛情の一種。人から恋愛感情がなくならない限り、萌え市場がゼロになることはない。コンテンツ市場の1ジャンルとして、ある程度の規模で動いていくだろう」(信濃研究員)。

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