ニュース
» 2005年06月22日 07時55分 UPDATE

AppleとIntel、30年にわたる数奇な関係(後編) (1/3)

MacがIntel insideに――この衝撃的な発表に至るまでには、Apple設立以来およそ30年に及ぶIntelとの因縁めいた物語があった。前編に続き、Power Mac登場からIntelとの提携までの10年間を振り返る。

[林信行,ITmedia]
前編:そして、PowerPC連合へから続く

接近と離反

 初代Mac誕生から10年目、1994年に登場したPower Mac(PowerPC搭載Mac)以降、AppleはPowerPCに注力する。

「PowerPC 601」 「PowerPC 601」(画像はPower Mac/6100のもの)

 だが、Intelとの縁がまったく切れたわけではなかった。1990年代中頃にさしかかると、もはやIntel系プラットフォームのマーケットシェアは無視できない状況になってきていた。

 Macは個人で楽しむ上では、十分な機能を提供していたが、会社で使おうとするとMS-DOSやWindows用のソフトを使わなければならない状況も出てくる。

 そこで、AppleがMacの使いやすさも楽しめつつ、必要なソフトとの互換性も実現するための苦肉の策として発表したのが、「Macintosh Quadra 610 DOS Compatible」(1993年)と、「Power Macintosh 6100/66 DOS Compatible」(1995年)といった一連のDOS互換Macだ(日本では発売されなかった)。

 これらのMacは、DOSコンパチビリティーカードと呼ばれる内蔵拡張カードの上にIntel製CPUやメモリーなど、Intel製PCとしてのハードウェアをひととおり実装し、キー操作で、Mac画面とPC画面を切り替えることができた。MacとPCを2台所有するのと比べて、多少安く済み、ディスプレイやキーボードも1組で済ますことができた。また、Mac環境とWindows環境間で、データーをコピー&ペーストするしくみなども用意されていた。

 「SoftPC」というPCエミュレーターもあったが、当時はまだこうしたハードウェアエミュレーターと比べると動作が遅く、実用性が乏しかった。

運命の失敗

 PowerPC戦略で元気を取り戻したAppleは、この後、いくつか大きな失敗をおかす。

 1つは、Mac OSの68000エミューレーターの性能が良すぎたため、なかなかPowerPCに最適化したソフトが出そろわなかったことだ。何よりもまずかったのが、Mac OSそのものが、ほとんど68000系コードのままで最適化されていなかった。

 そんなMac OSをPowerPCに最適化するばかりか、マルチプロセッシングやプリエンプティブマルチタスク、メモリ保護といったPowerPCにふさわしいモダンな機能を提供するMac OSを開発する「Copland」というプロジェクトがあった。しかし、これも大失敗だった。

幻のOSとなったCopland 幻のOS「Copland」。いくつかのアピアランス(外観)を選ぶことができた(WWDC 1995で行われたデモ)

 Coplandに搭載予定の機能は膨らみに膨らみ、開発チームも倍々の勢いで人数が増えたが、それと同時に1つのソフトとしての整合性がとれなくなり、しかも、これだけ多機能で巨大なOSを支えるのに必要なカーネルがなかなか完成しなかった。OSの完成予定は、発表があるたびに遅れ(ちょっと今の「Longhorn」計画を思わせる)、ついには首脳陣が開発を断念する。結局、AppleはBeやMicrosoft、Sun Microsystemsといった会社にカーネルの提供を含めた協力を仰ぐ。

 そんな、Appleが同社の救世主として最終的に選んだのは、スティーブ・ジョブズが創設したNeXT Softwareだった。

 こうやって振り返ると、Coplandの開発という失敗が、Appleのその後のドラマを大きく変える運命の失敗だったように思える。

次ページ:オブジェクト指向カンパニー、NeXT
       1|2|3 次のページへ

Copyright© 2016 ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

Loading

ピックアップコンテンツ

- PR -