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「株主を無視せよ」――「LUNARR」にこもるサイボウズ元社長のイノベーション論(1/2 ページ)

» 2007年10月29日 13時52分 公開
[岡田有花,ITmedia]

 「資本市場と対話していたらイノベーションは100%起きない」――サイボウズ元社長の高須賀宣さんは、批判覚悟でこう言い切る。「日本企業の社長はみんな、株主と積極的に対話している。だがイノベーションを望むなら株主はむしろ無視すべき」

 高須賀さんは2005年4月、自らが創業した上場企業・サイボウズを突然辞め、米国に渡って新会社「LUNARR」を設立。資本金1000万ドル(約12億円)すべてを個人で負担してCEOに就任。新サービス「LUNARR」α版をこのほど発表した。

サイボウズでは「代名詞になれない」

画像 高須賀さん

 LUNARRはオンラインの文書管理とメールを組み合わせたコラボレーションサービス。世界一を目指して開発した。

 「『検索といえばGoogle』『データベースといえばOracle』『ワープロソフトといえばWord』というように、代名詞になるようなサービスにしたい。だって、それって、かっこいいじゃないですか」――米国でもエジプトでもインドでも日本でも、「コラボといえば?」と聞けば「LUNARR」と答える。そんな未来を創りたいという。

 サイボウズでは代名詞になれない。グループウェアとしては国内中小企業でシェアナンバーワンだが、世界でナンバーワンは無理だと、サイボウズ社長時代から思っていた。

 「グループウェアのような製品は、1回導入したらなかなかスイッチしてもらえない。それに、世界でナンバーワンになるには、最大シェアを持つ米国をおさえる必要があるが、米国は日本よりも1〜2年マーケットの立ち上がりが早い。早期に米国のマーケットを取っていなければ世界トップは無理」

 それでもサイボウズで世界一になろうとした。「時価総額を拡大して、最終的にはIBMから『Lotus Notes』を買おうと思ってた」。社長時代に実際何件かM&A交渉したし、2005年4月には会長に就任し、M&Aに集中していくつもりだった。「他社を買収してでも、最終的に世界一のベンダーになれればいい」――そう自分を納得させようとした。

 だが精神が持たなかった。「ぼくのキャラには合わない。ぼくはものづくりの人間だから、売り上げとか時価総額を上げることにはほとんど興味がない。ファイナンス屋にはなれないんです」

 2005年4月1日。会長就任を承認する株主総会が約20日後に迫るなか、突然の退任を発表。決意の引き金を引いたのは、LUNARRの原案となる「Web Doc」という概念との出会いだった。「Web Docとの出会いはいわば神のお告げ。蜘蛛の糸でした」

 Web Docとは、Web上のドキュメント(文書)のこと。「ローカルPCにある文書がすべてネット上に置かれたら、いったい何が起きるだろう」――米国に住む友人と飛行機の中で語り合ううち、いてもたってもいられなくなった。

 サイボウズ会長としてWeb Docに賭けることは到底無理。「どうなるか分からない新サービスに対して上場企業が12億円突っ込みますと言っても、株主に対して説明不能」だから。辞めるしかなかった。

シリコンバレーではなく「松山のような」ポートランドを

 サイボウズ株式を全て売って古巣ときっぱり縁を切り、米国に渡った。世界一を目指すには、米国マーケットを掌握することが必須。英語はさっぱりできないが、とにかく行くことにした。

 オフィスを構えたのはオレゴン州ポートランド。「大きくも小さくもない町」で、人口は約50万人とサイボウズ創業の地・松山と同じだ。ITの中心地・シリコンバレーはあえて避けた。

 「シリコンバレーや東京で、資本金12億円で会社を作っても『だから?』と言われて注目もされない。でも松山やポートランドでやるとすごいと言われる。実際『オレゴニアン』という地元で最大の新聞に、一面カラーで載りました」

Web2.0は「PC0.5」だ

 ポートランドで1年かけ、サービスを練った。作りたかったのは、ネット時代の文書管理ツール。「20年前と比べると、ビジネスマンが日常的に処理する情報量は圧倒的に増えたのに、情報管理ツールはほとんど進化していない」と感じていた。

 増え続ける文書ファイルをローカルPCやネット上のさまざまな場所に保存してしまい、どこに保存したか忘れてしまったり、最新バージョンがどれだか分からなくなったり。「ぼくのデスクトップもぐちゃぐちゃ」。そんな事態を解決したかった。

 ネット専用の文書管理ツールといえば「Google Docs and Spreadsheets」などがある。Web上に文書を置いて、他ユーザーと共有し、編集する「Web2.0的」と呼ばれるツールだ。

 「『Web2.0』とか言うけれどむしろ『PC0.5』ちゃう? PCのワープロ機能をネットに置き換えただけ。無料だけどその分使いにくくて、安かろう悪かろう。そこに本当の意味でのネットの価値があると思えない。ネットじゃなければできない、PCソフトでは具現化できないものを作らないと」

 LUNARRは、Google DocsのようにWeb上で文書編集もできるが、ワープロソフトをネットに置き換えただけではない、新しい文書管理を提案する。使いこなせば「あの文書、どこいったっけ?」と探し回ったり、「みんなにメールで送った文書がバラバラに編集され、どれが最終バージョンなのか訳が分からなくなった」という困った事態が回避でき、複数人での文書共有が効率化でき、新しいアイデアやイノベーションを生むのにも役立つ――という。

LUNARRは「仮面ライダーカード」

 LUNARRは“表向き”は、Web上で文書を編集でき、他ユーザーと共有できるツールで、Google DocsやWikiなどと大きくは違わない。特徴的なのは「文書に『裏』がある」ということだ。文書ファイルの上部に表示される矢印状のタブをクリックすると、その文書の裏側を表示する。

 文書が本当に裏返るわけではないが、タブをクリックすると「裏」という設定の別画面が表示される。その画面の機能は2つ。(1)編集中の文書をそのままメール添付して他ユーザーに送信できるWebメール機能、(2)文章の「メタ情報」を表示する機能――だ。「仮面ライダーカードみたいなもの。表にライダーの写真というメインコンテンツがあって、裏にはメタ情報がある」

 メタ情報といえばタグが一般的だが、LUNARRの場合はタグは付けない。メタ情報として自動的に記録・表示されるのは、(a)その文書をLUNARR上で編集したユーザー名と日時、編集履歴、(b)その文書をメール送付した相手、(c)その文書をLUNARR上でコピーした場合は、コピーした文書のURL――などだ。

 (a)はWikipediaなどと似た仕組みで、複数ユーザーで編集した文書について、いつ、誰が編集したのか確認できる。ポイントは(b)。Webメールと連携したのがミソだ。


画像 表で文書を編集。まだα版なこともあり、UIはやや分かりにくく、サーバの応答速度もゆっくりだ
画像 “裏面をめくる”と、文書を添付したメールを他ユーザーに送信でき、メールの履歴なども確認できる

メールという「メタ情報」

 発想の原点は「セマンティックWeb」と呼ばれるもの。情報にさまざまなタグを付け、整理していく考え方だが「タグを付けるのって面倒で、ぼくにはできないから」、文書の関連情報が自動で付加される仕組みを検討し、行き着いたのがメールだった。

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