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「株主を無視せよ」――「LUNARR」にこもるサイボウズ元社長のイノベーション論(2/2 ページ)

» 2007年10月29日 13時52分 公開
[岡田有花,ITmedia]
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 文書の「裏」に、その文書を送付したメールアドレスやメール本文を記録しておくことで、後で文書を振り返ったときに、その文書に関わった人やその人の意図などを知ることができる。加えて、文書の編集もすべてWeb上でできるため、編集履歴や文書の複製履歴も情報として残しておける。

 それぞれ情報は、付加されるたびにハイパーリンクが付く。例えば文書をメール送信すれば、相手先のメールアドレスやメール本文へのリンクが文書の「裏」に張り付けられ、文書を複製すれば、複製先へのリンクがまた、裏に張り付けられていく。

 「メールを送ったり文書を複製する、といった人の行動にもリンクを付け、コンテンツ(文書)とコンテクスト(文脈)を結びつけてWeb上のドキュメントを再定義した」。文章と文章、人と文章、人と人――リンクでつなぐことででそれぞれの関連性をたどれるようにした。

LUNARRで「イノベーションが生まれる」

 LUNARRを使うメリットは何だろうか――まず、Wiki的な情報共有ツールとしての使い方が挙げられる。例えば、1つ企画書を6人のチームで推敲する時。チームリーダーのAさんが、企画書案を作って「気になるところを指摘して」と残り5人にメール添付したとしよう。5人からばらばらの指摘が戻ってきて、Aさんはその指摘を集約して1つのファイルにまとめる――という手間が新たに発生してしまう。

 LUNARRなら1つのファイルを同時に複数人で編集でき、それぞれの履歴も残るため、「メールで返信された添付ファイルを開いて、改めて企画書案をまとめる」といった手間が省ける。ここまでは、Wikiで文書共有し、メールにそのURLを添付して共有するケースに似ている。

 さらに、文書とそれに関連するメールがひもづいているため、後でその企画書を振り返ったとき、誰がどう関わって、どのようなタイミングでどんな改変が加わったか見直すことができる。途中からチームに加わった人も、編集履歴などを確認できる。

 さらに、表のWiki的な共有の仕組みと、裏にあるメールを使った1対1のコミュニケーションの仕組みを行き来することで、アイデアが広がって新たなイノベーションが生みやすくなる、と高須賀さんは言う。

 「表のWiki的な仕組みも裏のメールの仕組みも日本語で言えば同じ『情報共有』だが、表の仕組みは英語で言うと『common』。裏の仕組みは情報がコピーされ、拡散していく『share』だ」

 「commonは、さまざまな要素が1つのデータに集約されて積み上げられる『structuring』(構造的)なもの。shareは、情報がバラバラと拡散する『chaotic』(混沌とした)もの。structuringとchaoticの真ん中でクリエイティビティが最も高まるという理論がある。LUNARRは常にこの2つの間を行き来する仕組みで、この理論を体現できる」

広告モデルではない新しいビジネスを

画像 英語はいまだに苦手だが「ホワイトボードがあれば何とかなる」といい、取材中も、紙に図を書いて説明するシーンが何度もあった

 現在のLUNARRはα版。来年にβ版を、再来年に正式版を公開する予定だ。正式版も最初の1年は無料にする予定。その後有料のサブスクリプションモデルに移行する。

 Web上のビジネスモデルといえば、サブスクリプションモデルか広告モデルがほとんどで、最近は無料の広告モデルを採るサービスも増えている。だが高須賀さんは「広告モデルが主流であることに何となく違和感を持っている」という。

 理由の1つは市場規模だ。「米国の広告市場はソフトウェア市場よりもはるかに小さいから、広告だけではソフト市場は吸収し切れない。提供できるバリューに対して直接対価をもらえないと、市場として成り立たないのではないか。広告モデル、サブスクリプションモデルに次ぐ新しいビジネスモデルも作っていきたい」

招待制でマーケティング

 世界一を取るためには、いかにユーザーを増やすかも重要だ。サイボウズの場合は大量の広告を打って認知を広げ、ユーザーを拡大したが、LUNARRは広告なし。既存ユーザーからの招待が必要な招待制を採り、口コミでユーザーを広げていく。

 招待制を選んだ理由はいくつかある。(1)米国では広告やメディアからの情報も信じず、ブロガーなどによる口コミだけを信じるという人が増えている、(2)最近のネットサービスは、サインアップだけしてすぐに使わなくなってしまうユーザーが多いが、友人から招待されたサービスなら滞留してもらえる可能性が高まる、(3)招待されないと使えないという“飢え感”でユーザーの注目が高まる――などだ。

 キーとなるのは、LUNARRから最初に招待する“第0世代”のメンバー「Generation Zero」。サイドフィード社長の赤松洋介さんなど、ネット上で評価の高いキーパーソンを選び、それぞれLUNARRへの評価をWebページに書いてもらって公開している。

 第0世代が招待した人――第1世代――への招待メールには、自分を招待した第0世代ユーザーの評価ページURLが記載される。例えば赤松さんが招待した人相手の招待メールは、赤松さんの紹介ページのURL入り。第1世代の人が招待した第2世代、第2世代が招待した第3世代――と、次の世代にもずっと、第0世代のレビューURLが入り続ける。

 「Generation Zeroのエッジな人々の評価を見てもらえば、サービスに興味を持ってもらえ、いろいろな機能を使ってみようと思ってもらえるのでは」と高須賀社長はこの仕組みに期待する。

時価総額の話をすると、辞めたくなっちゃう

 「訳のわからないものにリスクを取らないと、イノベーションは起きない」――株主の顔色をうかがわなくていいように、自己資金で3年間運営するが、2009年までに資本金を使い尽くす予定だ。

 「その時のユーザー数や使用状況を見て、この会社に存在価値があるか判断したい。想定通りに行って『コラボレーションといえばLUNARR』という状況ができていたら、初めてベンチャーキャピタルを入れて拡大のための資金を調達していくことになるだろう」

 目指す姿をあえて数字化すると――「10年後にユーザー1億人、売り上げ1兆円、時価総額10兆円ぐらいかな……でもこんな話すると辞めたくなっちゃう(笑)。ぼくはただイノベーションを起こして、代名詞になるサービスを作りたいだけなんです」。

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