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なぐさめサイト「リグレト」生んだ、音大出身のアーティスト社長

» 2008年10月06日 09時54分 公開
[宮本真希,ITmedia]
画像 リグレト。投稿された悩みや後悔は水色の吹き出しに表示される。水色の吹き出しの右肩に、ピンク色の数字でなぐさめの数を表示

 悩みや後悔などを匿名で打ち明け、みんなになぐさめてもらえるサイト「リグレト」が人気だ。公開約1カ月で累計ユニークユーザーは7万人。投稿の9割になぐさめコメントが付くという。PC向けで人気が高まり、携帯電話サイトも公開した。

 運営するのは、今年4月に設立されたばかりのディヴィデュアル。社長の遠藤拓己さん(36)は、国立音楽大学出身でメディアアーティストという、“IT社長”としては異例の経歴を持つ。

画像 遠藤社長

 在学中は現代音楽の指揮者を目指し、リズムを研究した。卒業後は、日本でCM曲を作ったり、フランスやイギリスなどでメディアアートの作品を美術館に出品していた。情報処理推進機構(IPA)のスーパークリエイターに認定された経験もある。

 音楽もアート活動も起業も、共通するのは「心を動かされるものに関わりたいという気持ち」だと遠藤社長は話す。

9割の確率でなぐさめてもらえる

画像 ピンク色の数字をクリックすると、ピンク色の吹き出しでなぐさめの内容を表示する

 「今朝、10円ハゲ見つけた」「携帯電話を水の中に落とした」「週末になると仕事がたまる」――リグレトには、他愛のない悩みや深刻な不安を短い文章で投稿でき、見知らぬユーザーからなぐさめのコメントを付けてもらえる。

 累計投稿数は約5万件で、なぐさめコメントは約29万件。投稿の約9割になぐさめが付くというから、1つの投稿に対して平均5〜6件のなぐさめがあるという計算だ。「助けて」という短いひと言にも、「どうしたの?」「いま行く!!」「何でも言って」「大丈夫だよ」と約20件のなぐさめが付いていた。

 「みんな、誰かをなぐさめたかったのかな」――同社取締役でデザイナーの山本興一さんは、なぐさめの多さを不思議がる。

 サイト上で実施しているアンケートの結果によると、ユーザーの半数以上は女性。荒らし投稿もほとんどないという。「匿名だからベタなことも言えるのでは」(遠藤社長)

心理学の本をヒントに

 遠藤社長は普段から「何かあると、ネットサービスに置き換えたらどうなるかと考えている」という。リグレトのヒントになったのは、友人が読んでいた心理学の本だ。

 その本では、嫌なことがあったときに「でも良かった。○○することができたのだから」と、ポジティブに物事を考える方法を紹介していた。例えば、上司に怒られたときは「でも良かった、上司と話すきっかけになったのだから」と、ポジティブに受け取るようにする――というものだ。

 それを知って「軽い気持ちで」作ったのがリグレトだ。初めは「でも良かった.com」というサイト名にしようとしたが、でも良かった.comで検索すると、「殺すのはだれでも良かった」などと殺人犯のコメントを紹介するニュース記事などが結果に多数表示されてしまったため、後悔を意味する英単語「regret」から取ったリグレトにした。

ネットでアートを“美術館の外”に

画像 チェンさん。ネットサービスのアイデアはふせんに書いて、黒板に貼っている

 ディヴィデュアルは今年4月に設立。遠藤社長と、クリエイティブ・コモンズ日本事務局の設立メンバーでもあるドミニク・チェンさんが共同で設立した。社員は、遠藤社長とチェンさんと山本さんの3人。リグレトは同社のサービス第1弾だ。

 遠藤社長とチェンさんが出会ったのは05年。遠藤社長の企画が、IPAの未踏ソフトウェア事業に採択されたころだ。その企画とは、世界のあらゆる言語の中から似た発音の言葉を探せる辞書のようなシステムだ。

 遠藤社長がパリに住んでいたとき、フランス語の「Ca va?」というあいさつが日本語の「鯖」に聞こえることが面白かったことから、このシステムを思いついたという。05年と06年にIPAに採択され、07年にはスーパークリエイターにも認定された。

 IPAの活動を通じ、チェンさんと知り合った。チェンさんは当時、メディアアートの作品を展示する施設「NTT InterCommunication Center」の研究員で、東京大学博士課程にも在籍していた。

 ともにメディアアートに関わってきた2人。「アートという名が付くと、特定の人にしか届かない閉じたものに聞こえる。自分たちのアイデアをもっと社会に実装していきたい。そのためのプラットフォームとして、会社を作る必要がある」と意気投合し、2人で起業することを決めた。

 ネットサービスなら「美術館に来ないような人にも見てもらえる」(遠藤社長)のがメリット。「自分達の価値観をすばやく本質的に共有してもらうためのツールがネットだ」と、チェンさんは言う。

人が集まると想像もできないような状況が生まれる

画像 左から山本さん、遠藤社長、チェンさん

 遠藤社長は起業に向け「半年間は収益化について考えずにやりたいことを自由にやれる環境を作ろう」と考えた。ベンチャーキャピタル(VC)から出資してもらうなどして約1200万円を集めた。

 4月の起業から約半年。まだ明確なビジネスプランはない。リグレトもサイトに広告を掲載する予定などはなく、収益化は未定だ。「人が集まるプラットフォームにならない限りは、収益化を考えない」(チェンさん)

 「人が集まると想像もできないような状況が生まれる。だから今は、人が安心して集まることのできる場作りに専念したい」とチェンさんは話す。「VCも、収益化を考えずにとにかくやれと言ってくれている」(遠藤社長)のだという。

 今後は、遠藤社長が開発した「タイプトレース」というソフトをネットで展開していきたいと考えている。テキスト入力する過程を記録して再生できるソフト。文字を変換したり、言葉を修正したり、削除したり――と、文章を推敲する様子を動画で確認できるというもので、06年から構想していた。こちらもビジネスプランは未定だが、世界展開の夢を描いている。

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