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» 2008年12月22日 17時34分 UPDATE

10年前、パレスチナで――署名サイト「署名TV」を始めた理由 (1/2)

「夢は爆弾で敵を殺すこと」と語ったパレスチナの少年が忘れられない。「戦争のない社会を作るにはどうすれば?」――そう考え開設したのが募金サイト「イーココロ!」と署名サイト「署名TV」だ。

[宮本真希,ITmedia]
画像 署名TV

 10年ほど前、パレスチナのガザ地区で出会った中学生くらいの少年の言葉が忘れられない。「僕の夢は、爆弾の開発者になって、敵を殺すことなんだ」と言われた。

 当時大学生だった、ネットベンチャー・ユナイテッドピープルの関根健次社長(32)は、少年の言葉に「トンカチで頭を叩かれたような衝撃」を覚えた。「戦争や紛争がない社会を作りたい。子どもが子どもらしい普通の夢を持てる社会を作りたい」――こんな思いから、2つのネットサービスを運営している。

 1つは、ネット上の買い物でためたポイントを募金にまわしたり、企業のバナーをクリックすると募金できるサイト「イーココロ!」。もう1つは、今年3月に始めた、署名活動が気軽に始められるサイト「署名TV」だ。

 署名TVでは、こんにゃく入りゼリーの販売中止に反対する署名活動が10月に始まったことがきっかけで、アクセスが急増。10月、11月のページビューは9月の10倍以上に増えている。

ガザで武装グループの少年と出会う

 元々、パレスチナ問題に詳しかった訳でも、チャリティーに熱心だった訳でもない。パレスチナを訪れたのは偶然だった。

 1998年12月末に米国の大学を卒業した関根社長は、日本で就職するまでの3カ月間、1人旅に出た。トルコをスタートし、アジアを放浪して日本へ帰るプランだった。

 スタート初日、カナダ人に声をかけられた。「イスラエルに行くから一緒に行こう」。その誘いにのって、イスラエルを訪れ、1カ月間滞在した。

 旅は出会いの連続だった。「ガザ地区に家があるから、遊びに来ない?」――イスラエル滞在中、医療ボランティアをしている日本人の看護師に声をかけられた。関根社長は「ガザは怖そうだから嫌だ」と断ったが、「世界の現実を見なさい」と看護師に説得され、ついていくことにした。3日ほど滞在し、難民キャンプや病院などを訪れた。

画像 パレスチナで撮影した写真

 ガザの子どもたちとサッカーする機会もあった。ふと、子どもたちの夢を聞いてみたくなり、英語で「君たちの夢は何?」と尋ねたという。すると「爆弾の開発者になって敵を殺すこと」と答えた中学生くらいの少年がいた。

 「イスラエル兵士に家族を目の前で銃殺されたことがある。パレスチナのために戦えるなら、自分の命はどうでもいい」――少年は、武装グループに所属し、訓練を受けていることも教えてくれた。

 「いつ殺されるか分からない状況に置かれていたり、子どもらしくない夢を持っている子どもが世界にいることを知って衝撃を受けた」。関根社長はこう振り返る。

救急車で運ばれた

画像 関根社長

 旅から帰国し、社会人になった。「消化不良の思いを抱えたまま」だったが、仕事を覚えるので精一杯の毎日。ボランティアなどに打ち込む余裕はなく、「自分には何もできない」とあきらめていたという。

 入社したのは総合スーパー。ワイン好きで、いつかワインの輸入商社を設立したいと思っていたため、ワイン販売に力を入れているスーパーに就職した。だが、ワインに関する仕事はなかなか回ってこず、10カ月で辞めてしまったという。

 起業に興味があった関根社長は、“ビットバレー”の若手起業家などと交流するうちにネットに興味を持つようになっていた。「ワインはすっかり頭から離れ」、ECナビの前身・アクシブドットコムに就職。11カ月間働いた後、ネット広告代理店に移った。

 転職先では、広告をクリックするなどしてためたポイントを商品や電子マネー、現金と交換できるサービスの立ち上げに携わった。1カ月間、会社に泊まりこみ、午前7時まで働く日もあったほど、仕事に打ち込んでいたという。サービスは無事スタートしたが、スタートから2カ月ほど経ったころ、無理がたたって倒れ、救急車で運ばれてしまった。

 「人間はもろい。もしかしたら、いつか望んでいない瞬間に死ぬかもしれないんだ」と、人生を深く考えた。

 「これまでは、経験になる、自分が成長できる、お金がもらえるといった理由で働き、自分が望むことをやり切れていなかった。いつまで続くか分からない人生だから、やりたいことをやろう」――そう決心し、4カ月半で退職した。

「大失敗しても命までは取られない」――起業を決意

 26歳だった関根社長は「旅に出て、もう一度世界を見てこよう」と思っていた。だが、アクシブドットコムの社長の強い勧めがあり、起業することにしたという。アクシブドットコムの社長は、新会社への出資のほか、仕事も紹介すると言ってくれた。

 体を壊してから、起業に対する恐れや不安も「たいしたことない」と感じるようになっっていた。「大失敗しても命までは取られないだろう。売り上げがほとんど無かったとしても、ハンバーガーくらいは買えるだろう」と楽観的に考え、起業の勧めを受け入れた。

 「会社を設立しても無駄にはならない。紹介された仕事をしながら、半年後くらいに自分のやりたいことを見つければ良い」――2002年、「ダ・ビンチ・インターネット」という会社を設立した。

 自分が何をやりたいのかはっきり決まっていなかったため、“万能の天才”として知られる「レオナルド・ダ・ビンチ」にあやかり、社名を付けた。

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