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第4章-1 「意識は機械で再現できる」 前野教授の「受動意識仮説」人とロボットの秘密(2/3 ページ)

» 2009年05月27日 14時30分 公開
[堀田純司ITmedia]

接触から脳モデルへ

 前野教授の触覚の研究は、もともとユニークなものだった。たとえば教授は「触覚ディスプレイ」の開発を行っている。これはロボットのアームがふれたものの質感を、人に伝えるディスプレイだ。

 聴覚ならマイクとスピーカー、視覚ならカメラとモニターと、機械が得た情報を人に伝えるデバイスがさまざまに開発されてきた。しかしその触覚版は、なかなかいいものがなかった。

 音ならば何ヘルツで振動して倍音が重なってと、その原理が明らかになっている。視覚も明度や彩度、三原色というパラメーターから成り立っていることがわかっている。

 しかし触覚はその因子があいまいで、明確に定義できるものではなかった。そのために触覚ディスプレイの実現は難しかったのだが、しかし教授はこの研究に取り組み、触覚が摩擦と凹凸、それに冷温感、対象の熱伝導率などの軸で表せると分析。そして超音波振動を使った触覚ディスプレイを開発し、離れた場所の「触感」を人に伝えることを可能にしたのである。

画像 前野教授が開発した触覚センサー

 もっとも触覚は人それぞれに感覚が異なり、音や光のように定義することは難しい。人間の触覚は、とても鋭敏で細かい質感も感じわけることができるが、教授が開発したセンサーは、それと同程度につるつるざらざらの触感を感じるところまで到達しているのだそうだ。

 ただ違いはその密度で、人間の場合は1平方センチあたり、約500個のセンサーを持つ。しかし機械のセンサーはまだまだ大きくて、搭載できる数は人間のセンサーにはるかにおよばない。

 だが、おもしろいのはこのセンサーは「つるつるざらざら」をいくつかのパラメーターのパターンとして取り出しているところである。光や音は数値や言語記号で記述しやすい。しかし定義があいまいな触覚はなかなか記号化しづらく、パターンで記述することになる。このパターンによる表現は言語記号では語りつくせない質感、つまりクオリアの解明や、あるいはコンピューターにクオリアを持たせる道につながる研究であるといえるのである。


画像 このセンサーは、商品の質感の定量化など、実用化が開始されている。

 そして教授はこの触覚の研究で、人体の末端の、そのまた末端にある指紋に着眼した。私たちは物を持つとき、対象が重ければ力を入れて、軽ければ入れないで、スッと、ちょうどいい強さで持つことができる。

 これは皮膚にある触覚受容器が反射をうまく使って、リアルタイムに情報をフィードバックしながら作業をこなしているということである。それまではすべり止め程度の機能しかないと考えられていた指紋が、こうした制御において大きな役割を果たしていることを教授の研究は明らかにした。

 また、ひとくちに触覚といっても、このプロセスで扱われる情報は、進化の初期段階から脊椎動物が持つ脊髄反射から、新しく発達してきた大脳皮質が担当している質感の判断まで、さまざまな分野にわたる。人が物に触るときには、これら諸分野が同時並行的に分散処理を行いながら作業を運営しているらしい。しかし、これらのプロセスの一部は、どう意識しようとしても意識できない。

 たとえば指紋の端がすべりを感知すると、人間はぎゅっと力を入れる。おもしろいのは人間が意識できないレベルで小さく振動させてみても、無意識の領域でその振動を感じており、やっぱりぎゅっと力を入れるのである。

 こうした同時並行分散処理は、脳でも同じではないだろうかと教授は考えた。「この並行分散処理の考え方で、心まで行けるのではないか」と。

 視覚や聴覚にくらべて、触覚は非常にプリミティブな感覚で、ずっと昔からあります。

 一方、自己意識というと高尚で深遠な存在と見なされているわけですが(笑)、結局は触覚と同じようなやり方で情報を処理しているだけなんじゃないか。

 触覚や視覚ですと、外部と情報のやりとりを行っているわけですが、思考も記憶から読み出した情報を対象にして、内面で処理をしている。それは外部とやりとりするか、内部でやりとりするかの違いがあるだけで、同じような回路だと、考えられるのではないか。そう思い当たったのが、「受動意識仮説」の始まりでした。

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