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第4章-1 「意識は機械で再現できる」 前野教授の「受動意識仮説」人とロボットの秘密(3/3 ページ)

» 2009年05月27日 14時30分 公開
[堀田純司ITmedia]
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意識をめぐる3つのミステリー

 現在のところ『鉄腕アトム』が持っているような機械による意識はまだ実現していない。そして、どうすれば実現できるか、その展望も見えていない。それはそうだ。そもそも人の意識はいったいどのように成り立っているのか、それがまだわかっていないのだから、再現のしようがなかったのである。

 DNAの二重らせん構造を発見したフランシス・クリックは、ニューロンで観測される40ヘルツの振動現象(ガンマ振動と呼ばれる)こそが、意識活動の鍵ではないかと提起した。数学者のロジャー・ペンローズは、意識とは非計算的な過程を含むと考え、細胞の中に存在する微小管という管の中で起こっている量子過程こそが意識だとする説を唱えた。心の哲学者、ダニエル・デネットは絶え間なく編集と改竄(かいざん)が行われている「多元的草稿」というモデルを提案した。これまで第一級の頭脳が「意識とはなにか」という、この魅力的なミステリーに挑んできたのだが、しかし謎は解明されたとは言い難い。

 前野隆司教授は、この意識の謎について、大きく3つの問いに要約されると指摘する。

 まずひとつめは、「私という意識は、なにゆえに“わたし”という個性を持つのか」という問いかけだ。

 デカルトは、心と体をそれぞれ異なる二つの実体とみなし、心と体は脳にある松果体(しょうかたい)を通してつながっていると考えた。いわゆる心身二元論である。

 しかしもし意識と肉体が、それぞれ異なる実体であるのならば、意識が持つ「わたし」というユニークな個性はいったいどこからくるのだろうか。デカルトの心身二元モデルでは「他の人の意識との違いはどこから生じるのか」という問いに答えることができないのだ。

 だがこれは、実は心身一元論でも同様である。たとえば今後、研究が進めば「脳のこの領域が活動すれば、ある精神状態が起こる」という経路は、解明されるかもしれない。しかし、それは人間の心一般の問題であって、“わたし”というユニークな個性を持つ意識活動が生まれる理由は説明できないのである。

 ふたつめの問いは、脳の「バインディング問題」である。あなたは「意識せずにひとつの問題を考えていた」という経験はないだろうか。たとえば筆者の場合、あるポップバンドの名前を思い出せないことがあり、その場ではいくら考えても答えが出なかったことがある。しかし不思議なことに、翌日まったく別のことをしているときに突如「シャネルズ」という言葉がひらめいた。意識のバックグラウンドにひとつの疑問がひっかかっていたわけだが、皆様もこうした経験はお持ちだろう。

 人間は世界から、その瞬間ごとに、視覚や聴覚などあらゆる感覚を通して情報を受け取っているはずなのだが、意識するのはそのうちの一部分である。しかし、いざ必要となれば、さっとその情報に意識を集中させることができる。この機能を実現するためには、まず受け取った情報をすべて解釈し、注意すべきものには注意を向ける判断を、その瞬間ごとに行う必要があるはずである。

 しかしそのような巨大なシステムは脳の中に見つかっていない。これが心のバインディング問題。それぞれの情報がいかに統合されているのかという、意識の「結びつけ」問題である。

 そして最後の謎が「クオリア」だ。クオリアとは、我々の意識活動にともなって現れる、生き生きとした質感のことである。我々はりんごを見れば、そこにまざまざとりんごの赤の質感を感じ、りんごを食べれば甘いという、ありありとした意識体験を持つ。そもそも我々は、自分が存在するという否定しようのない実在感を、今この瞬間にも感じている。

 しかし、なぜ我々の意識にはこうした質感がともなうのだろうか。たとえば、インターネットの検索エンジンは、膨大なWebページをクロールし、リンクされている数の多少で情報の優先度を決めたりする。そこには「これはおもしろい、これは退屈だなあ」といった、ありありとした意識体験など存在しないはずだ。しかしそれでも情報を収集し、解釈し、配置するという複雑な営みをこなしているわけである。であれば生物もまた、ありありとした実感など持たなくても進化の上で別に問題はなかったはずではないか。意識はなぜ、クオリアを伴うのだろうか。

 前野教授は「受動意識仮説」でこれらの謎を説明する。

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→次回:第4章-2 生物がクオリアを獲得した理由 「受動意識仮説」で解く3つの謎

堀田純司

 ノンフィクションライター、編集者。1969年、大阪府大阪市生まれ。大阪桃山学院高校を中退後、上智大学文学部ドイツ文学科入学。在学中よりフリーとして働き始める。

 著書に日本のオタク文化に取材し、その深い掘り下げで注目を集めた「萌え萌えジャパン」(講談社)などがある。近刊は「自分でやってみた男」(同)。自分の好きな作品を自ら“やってみる”というネタ風の本書で“体験型”エンターテインメント紹介という独特の領域に踏み込む。


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