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» 2010年05月12日 13時06分 UPDATE

対談・肉食と草食の日本史:「玉砕」の謎 一夫一婦制と国民皆兵の明治

江戸の農村社会から明治の工業社会に移ると、都会的な一夫一婦制が浸透。国民皆兵制度でお百姓さんがいきなり兵士になって戦地で敵を殺し、自らも玉砕した。

[本郷和人, 堀田純司,ITmedia]

国民皆兵と良妻賢母の明治時代

堀田 しかし、そうした草食クオリティオブライフが生まれた、泰平の江戸期も明治維新で終了。国民皆兵の時代がやってきます。本郷さんが指摘なさっていましたが、日本の歴史上、平家と源氏、大阪冬の陣、夏の陣など東西が交戦したことが何度かあり、その最後が戊辰戦争。

 戦後、東京に首都が移りましたが、大阪出身としては少し残念です。大阪は首都でなくとも都市。しかし東京は首都でなくなると都市でなくなるという判断だったようですが。

本郷 僕はその件は、京都における天皇が、あまりにも親しみやすい存在になりすぎたからではないかと思っています。

 なにしろ京都では、町の魚屋さんや八百屋さんが、お金を積むことで冠位をもらえた。七位や八位という日常生活には役にも立たない冠位ですが、持っていると「悪さをしでかしたときに幕府が手を出せなくなる」という印籠になったんですね。そこまで、京都において天皇は親しまれすぎてしまった。

 しかし明治維新後、宗教を持たないこの国には、国家神道という名の求心力と、そこに鎮座する神様が必要だった。天皇を神としてしつらえるためには、京都から切り離さなければならなかったんです。

 その一方で、面白いことに当時、天皇を中心とする皇室は、洋装文化のファッションリーダーにもなっていたんです。ご婦人向けの高級な雑誌に取り上げられたり、皇室のブロマイドが流行したりした。

 ヘンな話ですけれど、鹿鳴館時代にはキレイな人が多かったんですよ。陸奥宗光の奥さんなんて、写真を見ると分かるんだけど吉永小百合そっくりなんだから。もとは舞妓さんや遊女さんたちだったりしますし。

堀田 木戸孝允の奥さんも美人ですね。

本郷 幾松さんという芸妓さんを正妻にしていますからね。

堀田 時代が明治に移ると、農村社会から工場社会に変わりましたね。奥さんのつとめは、夫が工場に働きに出るのを支えるところに力点を移した。

本郷 男が安心して働きに出られるように、女は家庭を守りなさいと厳しくしつけられるようになったんです。逆に言うなら、女性も男と同じように貴重な労働力だった農村社会っていうのは、性についてかなりおおらかだったんですよ。そこに明治になって都会的な一夫一婦制が浸透していくわけです。

 その浸透するさまというのは、かつて江戸時代、右手と右足を一緒に出す難場歩きをしていた人々が、全国を歩く兵隊さんの布教によって、右手と左足を出す今の歩き方に進歩していったのと似ています。そうして着実に一夫一婦制の家庭像が全国へと広まりゆき、と同時に若衆宿などの文化は衰退していったんです。

堀田 工業社会の到来とともに、おおらかな性を謳歌してきた時代は去ってしまった。

本郷 ただ、パッキリ消えちゃったかというとそうでもないんですよ。今から40年ほど前の東北には、正調のお医者さんごっこが生きていた。証人は、ええと、僕です! 身体の弱かった小学生の僕は、仲のいい女の子に納屋に連れ込まれ、誘われるがままそこで……。イヤ、家内には聞かせられませんけれど。

堀田 「忘れられた日本人」みたいな話ですね(笑)。しかし、この明治期の一夫一婦、良妻賢母の家庭像が、一番男にとってはありがたいシステムではないでしょうか。

本郷 うーん、良妻賢母を家におくってことは、僕らが見合い結婚をして「きちんと稼いでこい!」と尻を叩かれるってことですよ。やっぱりキツいよね。

堀田 明治時代の夫たちは、「ちょっと収入が厳しいんで、キミも働いてくれない?」とはなかなか言い出せなかったでしょうね。

本郷 奥さんたちは外では働かない代わりに、おじいさんやおばあさんの面倒まで全部見てくれた。その方がよほど重労働だったかもしれないから、その面では女の人はつらかったはずです。

 しかし戦争に出なくてもよかったので、命を危険にさらす可能性は男たちよりも少なかったと思う。非常勤講師をしてる女子大で、「あなたたち、兵隊に行くのと、選挙権ないのとどっちがいい?」って聞くと、「選挙権いらなーい。兵隊いやー」って答えが返ってくる。

堀田 そうなんですよね。肉食の戦国時代が終わって、やれやれと平和を満喫していたら、帝国主義の明治時代がきて、男たちは戦争に駆り出されてしまうようになった。

本郷 日本人が兵隊として戦地に赴いたのは、明治時代に入ってからですね。戦前に生まれなくてよかったなあ。

堀田 それまでお百姓さんが「公」に参加して兵隊になったのは、幕末の長州ぐらいでした話よね。それが明治維新になって徴兵されて、よく戦争に行けたもんだなと思います。

 司馬遼太郎さんは「坂の上の雲」で「国民国家に参加する興奮」と書かれていましたが、でもなんでそんなに興奮に火がついたのかがわからないんですよ。たぶん従来の「農村社会の日本」のイメージが、なにか真実をつかめていない、本当はもっと違う姿だったんじゃないかと思っています。

本郷 日本の軍隊が玉砕を前提とするようになったのはなぜなんだろうと考えるんです。これがよく分からないんですよ。僕なんかは逃げちゃえばいいじゃん、と思うんですが、彼らは逃げない。

 一つ簡単な理由があります。それぞれの部隊は地域共同体によって編成されているため、卑怯なことをすると残された家族が石をぶつけられてしまう、というおそれ。しかしこの理由だけでは、玉砕のすべてを説明できないと思うんです。

堀田 覇権国家のアメリカは威張っているだけではなく、本当に戦争に行かなければならないですよね。よく行けるなと思いますが、いきなり兵隊にとられたお百姓さんたちも、よく戦争をやれたなと思います。もしかすると、太平洋戦争の末期くらいまでは、銃を上にはずして撃っていたのでしょうか。

本郷 いや、よく指摘されていることなんですが、日本人は確実に殺せるように撃っていたらしいんです。一方、アメリカの軍隊は、南北戦争のころからずっとその傾向があるのですが、敵がワーッと攻めてきてもわざと外して撃つんです。他人の命を絶つということに、ものすごく抵抗があった。これを言い換えるのなら「逃げてもいい軍隊」「玉砕しない軍隊」となる。

 じゃあ日本人ってなんなんだろう。確実に相手を殺そうとして、自分も玉砕を辞さぬ軍隊――実は、世界で一番強い下士官を育てた国は日本だといわれているんです。もっともその一方で、日本の将校はとても頭が悪いとも言われていますが。

 「なぜ日本人は玉砕できるのか」――これは僕の一生のテーマです。

本郷和人

 1960年、東京都生まれ。東京大学史料編纂所准教授。「武士から王へ―お上の物語」(ちくま新書)、「天皇はなぜ生き残ったか」(新潮新書)などの著書のほか、「センゴク バトル歳時記」(講談社)などの編著書もある。アカデミズム界の気鋭でありながら、娯楽領域でも活躍する歴史学者。近刊は「武力による政治の誕生」(5月6日刊、講談社選書メチエ)。


堀田純司

 1969年生まれ。作家、編集者。編集者としては「吉田自転車」「えの素トリビュート」「生協の白石さん」などの書籍を企画編集。ライターとしては「萌え萌えジャパン」「人とロボットの秘密」「自分でやってみた男」(講談社)などの著作がある。哲学や政治経済、「体験型映画紹介」など、取り上げる範囲は幅広い。近刊は7月に「生き残る専門誌」(仮)が講談社より発売予定。


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