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ターニングポイントになった夜現場ルポ・被災地支援とインターネット

» 2011年04月12日 10時20分 公開
[藤代裕之,ITmedia]

大震災の情報源としてインターネットが活用されているが、被災地からネットで発信される情報はあまりに少ない。震災被害はこれまでの経験と想像すら超えており、ネットにおける被災地支援、情報発信も従来のノウハウが通用しにくい状況だ。

ブログ「ガ島通信」などで知られる藤代裕之さんは現在、内閣官房震災ボランティア連携室と連携している民間プロジェクト「助けあいジャパン」に関わっている。ネットを使った被災地支援の「現場」では何が起き、何に直面しているのか。ネットという手段を持つるわたしたちには何が求められているのだろうか。震災とネット、情報を考える、マスメディアには掲載されにくい「現場」からの現在進行形のルポとして、藤代さんに随時報告していただきます。(編集部)


▼その1:「情報の真空状態」が続いている

▼その2:できる範囲でやる──ボランティア情報サイトの立ち上げ

▼その3:「ありがとうと言われたいだけのボランティアは 必要としていない」

 「Webサービスを舐めてるんじゃないんですか」。3月20日、深夜の会議室で助けあいジャパンを統括する佐藤尚之氏に対して声を荒げていた。助けあいジャパンを立ち上げた「適切で正確な情報を必要な人に届ける」という佐藤氏の思いには共感していたが、進め方に課題があるように思えた。長い議論で見えてきたのは、Webサービスに関する認識のズレだった。

徳島からとんぼ返り

 まとめサイトの学生ボランティア説明会の翌日、祖母との昼食会のために地元徳島に帰省した。サイト運営は、有志によって分担して進んでおり、細かな日々の運営については確認しなくてもよくなっていた。集まった学生ボランティアもさっそく取り組みを開始しており、リソース不足は解消しつつあった。

 羽田からの飛行機が徳島空港に到着し、ターミナルビルで携帯電話の電源を入れると、佐藤氏からの不在着信があった。折り返し電話すると「今日東京で会えないか」ということだった。到着したばかりの実家でとんぼ返りすることを伝えた。東京への飛行機が夕方で、祖母との昼食がキャンセルにならなかったことは幸いだった。

 助けあいジャパンは、内閣官房震災ボランティア連携室との連携プロジェクトで、負荷がまとめサイト立ち上げと運営とは比べ物にならないことが予想された。また、プロジェクトの進め方について個人的に疑問を持っていたこともあり、それを整理するとなると相当の労力と精神力が必要になりそうだった。

 その上、プロジェクトは「民間」によるボランティアであり(これが「公」に見えているという点も懸念を拡大していた)、会社の仕事との兼ね合いを考えると、会社かプロジェクトかどちらを選ばなければいけない局面が来るリスクもあるかもしれない。

 徳島空港に向かう車で、かいつまんで状況を説明したところ、妻は「どうなるかわからないけど、あなたらしくやればいい」と背中を押してくれた。覚悟は決まった。自分が疑問に思ったことは素直に佐藤氏に伝え、改善案を提示する。それを受け入れてくれなければ、助けあいジャパンに関わるのはやめる、と。

誰のために、何をしたいのか

photo 会議の様子

 羽田空港から設定された打ち合わせの場所に向かった。会議室には、佐藤氏ら5人が集まった。

 助けあいジャパンの進捗は、関係者メーリングリストに入っていたので、ざっと把握していた。関係者は昼夜を問わず取り組んでいたが、課題があると感じていた。

 まず、誰のために、何をしたいのかよく分からなかった。

 助けあいジャパンでは、ニュージーランド南部地震などで活用された地図と情報を集約するオープンソースのシステム「Ushahidi」(ウシャヒディ)を使った情報サイト「sinsai.info」と連携して、ボランティア情報を表示することにしていた。Ushahidiを使うことは世界のプログラマからの注目も集めることになり、技術者としてはチャレンジングな取り組みであることは間違いなかったが、インタフェースが高度だった。

 地図上に赤い丸で見えるのはビジュアル的に「このエリアで何かが起きている」ことを示すには効果的だが、ボランティアに参加したい人やボランティア団体や責任者は、高機能なインタフェースを求めていない。それに、ボランティアには、ネットリテラシーが高くない人も混じる。

 地図を使ったインタフェースは、ぱっと見てインパクトがあるため、Webサービスをよく知らない人が選択することが多い。ニュースを地図に載せたサイトを通信社が作って失敗したケースもある。「ところでsinsai.infoを説明なく使えましたか」と参加者に聞いたが返事はなかった。自分たちで使えないものを、混乱する現場で使えるわけがなかった。

 ここに書いたことはsinsai.infoの否定と取られると困る。どのサイトが良い、悪いというのではなく、目的によってWebサイトも異なるということだ。

ボランティア情報をDB化、API提供するアイデア。しかし……

 ボランティアに関わる情報支援というのは2つあると考えている。

 まとめサイトの目的は「ボランティアをしたいという人と募集している被災地を結びつける」ことで、想定する利用者はボランティアをしたい被災地以外の住人だったが、現地で活動するボランティアの支援もある。拠点に必要な物資や活動状況のまとめ、人の配置を把握するといった内容は業務系のソフトが適しており、自分自身にノウハウがなかった。インタフェース同様、非常時にこれまで経験がない取り組みをすることは、周囲に迷惑をかけることになりかねない。ひとくくりに「ネット」といっても幅広いが、分野ごとに必要なスキルやノウハウが異なる。

 さらに、被災地の状況を考えると、ネット環境の整備や被災地で活動するボランティア関係者による情報発信は相当時間がかかりそうだった。まとめサイト同様に、ボランティアを希望する人に「適切で正確な情報を届ける」部分にフォーカスするのが妥当と思われた。

 なるべく多くのネットユーザーに情報を届けるためには、ボランティア情報のデータベースを作って、APIで公開する方法を思いついた。まとめサイトのように情報を更新していくのでは広がりに欠けるし、扱う情報が増えると対応が難しくなる。データベースとメディアを分け、独占的ではなく、オープンにしておくことで、ネット企業や技術者が参加できる余地が生まれる。ソーシャル的な取り組みをするなら、多くの人が参加できる仕組みにしておくことが大切だ。

photo 会議中に書いた構成図

 しかしながら、データベースの説明が難航した。

 データベースとメディア(ユーザーに見えるインタフェース部分)の区分は、Webの世界では「常識」かもしれないが、レガシィメディアに関わる人間にとってデータベースがメディアに関係するという認識はほとんどない。ユーザーに見えるインタフェース(メディア部分)は、新聞や雑誌であれば情報を寄せ集めて切り貼りして、テレビ番組もVTRをつないでつくられる。データベースの情報があれば、企業や個人がメディアを作ることができるということは理解できない。新聞社の記者を続けていたなら、データベースと言われても記事検索の際に利用するぐらいの認識だったはずだ。

 ネットに関わる企業でもデータベースへの理解が乏しい人も多い。だが、Webページ制作とWebサービスは根本的に違う。データを公開している通信社と、それを使って紙面や番組を作る新聞社やテレビ局(メディア)と例えるなど工夫はしたが、ギャップを埋める途中のイライラを睡眠不足の佐藤氏にぶつけてしまったのだ……。

 長い議論の末、連携室からの情報を表示するサイトやメッセージを扱うクリエイティブチームとボランティア情報のデータベースの2つのチームを作ることになった。この夜、助けあいジャパンに本格的に関わることになった。

 21日(月曜)の佐藤氏のWeb日記、さなメモには「あの日あたりがターニングポイントだよね」がアップされた。「ギリギリ基礎工事が間に合う段階だったので、家を建てながらコンクリートを基礎部分に注入した。設計図の不備を強く指摘してくれた藤代さん、本当にどうもありがとう。」と書かれていた。

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