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「使えば増える」初音ミクと、「お金が王様」の時代の終わり初音ミク5周年(3)最終回(1/2 ページ)

» 2012年09月03日 11時49分 公開
[岡田有花,ITmedia]

連載:初音ミク5周年

(1):「サンクチュアリとしての初音ミク」 ミクと駆け抜けた5年、開発元・クリプトンに聞く

(2):「世界のファンとムーブメントを作りたい」――初音ミクのネクストステージ

(3):「使えば増える」初音ミクと、「お金が王様」の時代の終わり(本記事)


 初音ミクは自由なキャラクターだ。一定のガイドラインを守っていれば、イラストや動画などを自由にネットに公開できる。2次利用OKという条件で作り手がネットに曲を公開し、ほかのクリエイターが手を加えてさらに大きな作品になることもある。

画像 「ピアプロ」では、音楽やイラスト、動画のクリエイターが日々コラボしている

 旧来のコンテンツビジネスは、キャラクターや曲や歌詞を無断複製から守り、2次利用の都度、対価を得るモデルだった。だが初音ミクは逆だ。イラストの非営利2次創作を自由にしたり、ピアプロ」のように作家同士コラボレーションし、2次・3次創作する場を権利元が作ったりすることで、創作のサイクルが加速。キャラクターの人気もふくらみ続けてきた。

 誰もが作り、発信できる時代。これから革命的な変化が起きるはずだと、ミクを開発したクリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之社長は考えている。

音楽を変える側になりたい

 若いころから音楽が趣味だった伊藤社長。地元・札幌でアマチュアバンド活動をする中で、旧来の音楽ビジネスに疑問を抱いていたという。

 レコード会社から声がかかり、東京に出るアマチュアーミュージシャンもいたが、メジャーデビューできるのは一握りで、人気が出るのはさらに少数。上京しても鳴かず飛ばずのまま、30歳を過ぎて札幌に戻る人を何人も見てきた。その年になると新たな職に就くのも困難。「自分たちの音楽をたくさんの人に聴いてもらいたいだけなのに、人生を賭けて勝負しなければならない音楽ビジネスにずっと疑問を持っていた」

 社会人になりDTM(Desk Top Music)にハマった。「ドラムもベースも全部コンピュータに演奏させることで自分の思い通りの音楽が作れる自由度に惹かれた」。音楽の専門誌のclassifieds(3行広告)で知り合ったスイス人と音楽データ入りフロッピーディスクをエアメールで交換して共作を作ったり、米国の大学教授のミュージカルに自作の音を提供して喜ばれたり、欧米の独立レーベルにデモ曲を送って売り込んだり。「特定のレコード会社に属さず都度契約でCDをリリースする欧米のやり方を知り、自由を感じた。デビューするなら日本以外でと思った」

画像 伊藤社長

 早い時期からインターネットに触れ、世界規模の情報共有に衝撃を受けた。「大好きな音楽もインターネットで相当変わるだろうし、自分も音楽を変える側になりたいと強く感じた」。結局、ミュージシャンとしてデビューすることはなく、音楽関連ソフトの会社としてクリプトンを起業。創業12年目に同社が生んだ初音ミクは、音楽とネットをつなぎ、クリエイターの自由を拡張し始めた。「初音ミクのムーブメントがここまで拡がっている状況を得て、クリエイターに適した音楽産業に変えない手はない」(関連記事:「音の同人だった」――「初音ミク」生んだクリプトンの軌跡JASRACモデルの限界を超えて――「初音ミク」という“創作の実験”

 北海道の会社が作った「初音ミク」というソフトを、日本中のアマチュアミュージシャンが使い、曲を作ってネットで公開すると、世界中のリスナーに届く。上京せずとも、プロにならずとも、世界の人に曲を聞いてもらい、反響が返ってくる。少し前までは考えられなかったこんな音楽活動は、“次の革命”の小さな一歩かもしれない。

「情報革命がこの程度で終わるはずがない」

 「これまで人類は、2つの大きな革命を経験してきた」。アルビン・トフラーが1980年に発表した著書「第三の波」を引き合いに、伊藤社長は言う。

 最初の革命は、農耕が始まった時。獲物や木の実を探し続けた狩猟・採集時代と違い、計画的に食物が得られるようになると、人は住む場所を選び、定住を始めた。農作物が蓄積できるようになると、市場やそれを媒介する通貨、富の概念が生まれ、領主と小作人といった階級が生まれた。

 2つ目は産業革命だ。工業化により大量生産や輸送が可能になり、経済がグローバル化し、富と人口が大爆発した。その結果、生産者と消費者がはっきりと分かれ、大量消費社会になった。「第1、第2の革命でもたらされたライフスタイルの変化は、めちゃくちゃ大きい」

 そして今は第3の革命、「情報革命」の中にある。IT技術が進化し、ネットが発達した結果、さまざまなコンテンツの製作――本や音楽、ゲームや動画など――を個人が行い、発表できるようになった。インターネットが世界中の人を結びつけ、またたく間に共感を増幅させる。スマートフォンの普及で情報発信がより簡単になり、個人のメディア化が加速する。

 「情報革命の結果が、ネットで動画が見られるようになったとか、その程度で終わるはずがない。この第3の革命でも、想像を絶するようなめちゃくちゃ大きな変化が起きるはず」

“お金が王様”の時代の終焉 「使えば増える」価値とは

 第3の革命である「情報革命」は、お金を価値の中心から転落させるかもしれないと、伊藤社長は考える。利益や時価総額を追い求め、必要ですらないものをマーケティングの力で売り込む――そんな“ビジネス”に、白々しさを感じる人が増えている。

 「僕らのまわりでそういうのを尊ぶ人って、あんまりいない気がしている。これまで、お金という概念がいろんな価値を測る王様だったが、お金よりも幸せや楽しさ、自己実現が大事という価値観への変化が起きていて、それは大きな兆候のような気がしている」

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